2006年06月29日

アントンのグラタン

アントンのグラタン

天神、西日本ビルの地下に「アントン」というグラタン屋さんがある。グラタン屋さんなんだろうか? キッチンの構造とかは喫茶店っぽいんだけれども。ほとんどのお客さんはグラタンやドリアを食べている。お昼はいつもお客さんが並んでいて、時間に余裕がないとなかなか行けない。
ワタシさんのブログを見てて、ひさしぶりに行ってみたくなった。ので、ちょっと贅沢なランチ。

ここのベシャメルソースは甘い。ちょっと黄色くて甘いソース。少し舌の上でザラッとする。たぶん栗のペーストが入っているんじゃないだろうか。美味しい。特に女性にうけそうな味。
マカロニは細めで長い。ちょっと量が少ないんじゃないかと思いながらハフハフ食べていると、お腹がいっぱいなのに気がつく。満腹中枢を刺激されるのだね。

冬は牡蠣のグラタンがあってこれも美味しい。

 「アントン」
 住所:中央区天神1丁目西日本ビル地下1階
 電話:092-712-4100
 ランチタイムは11:30−15:00です。
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2006年06月28日

アンドレ・バザンの重要性

Andre Bazin(1918-1958) Andre Bazin(1918-1958)

『残酷の映画の源流』読了。

これは酷い、翻訳が。読みにくいことこのうえない。
翻訳っていうのは意味がわかればいいってもんではないだろう。できるだけ原文のニュアンスとリズムを生かしながら、日本語として読み易くしなければ意味がない。にも関わらず、「辞書とにらめっこしながら訳しました」的な文章はなんだ。たとえば・・・

だから残酷がブニュエルの資質なのではなく、彼はこの世の残酷を暴き出すだけなのである。彼が最も残虐な側面を選ぶとすれば、それは、不幸における人間の条件が行き着くところにもまた幸福のようなものがある、と知ることが真の問題なのではなく、世界の残酷さを探ることが重要だからなのである。
この日本語、なんだか脱臼してない?

そもそもウィリアム・ワイラーの『小狼』ってなんのことだ? 『偽りの花園』(原題「The Little Foxes」)のことか? ヴィゴの『ゼロの統治』ってなんだ? 『新学期・操行ゼロ』のことか? この翻訳を担当した佐藤東洋麿と西村幸子ってひとはほんとに映画を観てんのか?
アンドレ・バザンも、序文を書いたトリュフォーも泣いているだろう。

だけどさすがに「カイエ」誌を創ったバザン、ブニュエルのインタビューやヒッチコック批判はなかなか読み応えがある。翻訳者を変えて出版して欲しい。

バザンは単に作家主義を唱えた批評家ではない。「映画の存在論」ともいうべき重要な論文「Onthologie de l'image photographique」を書いていて、これがカイエ派の理論的な支柱のひとつになったことは間違いない。他にも日本語で読みたいバザンの論文が多々ある。なぜだか日本の映画批評界(そんなものがあるのかどうか知らないけど)は、1950年代以前の批評理論(戦前にも重要な批評家たちはいる)を不当に無視しているような気がする。

『映画とは何か』というバザンの論文集が1970年代に出版されているんだけれども、当然絶版。なかなか古本屋でも見つからないんだよね。困ったもんだ。再版してください。

残酷の映画の源流 / アンドレ・バザン 佐藤東洋麿、西村幸子・訳残酷の映画の源流
アンドレ・バザン 佐藤東洋麿、西村幸子・訳

体裁=単行本: 227 p ; サイズ(cm): 19 x 13
新樹社
2003-11
ISBN: 4787585150
by G-Tools
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incidents 001

キャナルにて

ひどい雨の日、バス停。
見上げると半透明のプラスティックのスレートに雨が打ちつけられているのが見える。
水滴が多くなり、合体し、自らの重みで傾斜を次々に流れ下っていく。

+ + +

あゆむさんは電車を乗り換えたがる。
「急行に乗り換えようよ!」
なぜだろう。ともちゃんに訊くと「速そうなものが好きなのよ」と。
ぼくは思い切り納得した。

+ + +

電車で隣に座った女性。
TSUMORI CHISATOのクレプリのシャツを着ている。白地に女の子の絵が描かれている。天使だろうか。

+ + +

昼休み、公園にて。
ぼくはベンチに座って本を読んでいる。ほどなく隣に誰か座る気配を感じる。
しばらくすると食べ物を咀嚼する音が聞こえ始める。くちゃくちゃ。そうたいして大きい音でもないはずなのに、耳に響く。
ぼくは何故か恐ろしくなる。「隣の誰か」にどうしても眼を向けることができない。

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2006年06月27日

阿川弘之『米内光政』

米内光政(1880 - 1948) 米内光政(1880 - 1948)

週刊「モーニング」連載中のかわぐちかいじ作『ジパング』に描かれている米内光政は、髪をポマードできっちりなでつけ、サスペンダー姿でいつも眠そうな目をした、半ば引退した政治家として描かれている。しかし、かなりはっきりした物言いをする米内像で、日本を「確信的に」敗戦へ導こうと工作する。

実際の米内は、たしかにハンサムな偉丈夫であった。当時、士官といえども丸刈りが多かった海軍内で、鼻眼鏡をかけ髪を七三に分けた、目立つ存在だった。上官ににらまれたりこともあったようだ。ただコミック中のようなはっきりした物言いを常にしていたわけではなく、外見と裏腹に、どちらかといえば寡黙でつかみどころのない印象を与える人物であった。

鈴木(貫太郎)の相談役、「海軍の総意」で留任した副総理格の米内も、やはり人の意見に「うん、うん」で、もう一つ煮え切らない印象を与える。麻生中佐と岡本功中佐と二人の秘書官は、官邸居残りの内輪の酒席で、
「大臣は何でも、そうかウンウンばかり仰有ってるようですが、このむつかしい時期にどんなものでしょうか」
と率直な質問を呈してみたことがあった。米内はちょっと考えていたが、
「そうでもないんだよ」
と答えた。
「まあ、物ごとを百八十度まで委せていい人と三百六十度委せられる人と、色々あるからなあ」
そうでもない所以は少しずつ分かって来ました、と岡本功は言っている。
「一日十回も十二回も米内さんに接しますし、官房というところにいると匂いがするんですよ。何も言われませんけどね、煮え切らないようでいて実ははっきりしている。現役に復して小磯内閣に再出馬された時から、決意はちっともぐらついてなんかいない」
言葉足らずであったということと、優柔不断であることは違う。米内は一貫して米英と開戦することには反対であったし、開戦後は早期終結に腐心した。ただなんとも「調整」に徹した感も否めない。

第二次大戦中の海軍内の重要なキーパーソンといえば、山本五十六、米内光政、井上成美の3人が挙げられるだろう。みな開戦反対派であり、特に日独伊三国同盟締結に最後まで頑強に抵抗したのも彼らである。阿川弘之はこの3人についてそれぞれ伝記を書いているので興味がある人は読んで欲しい。

山本や井上に比べると、米内は影が薄い感もある。山本はなによりも男に好かれる「色気」があったし、井上は合理的思考を終始貫いたが、半面エキセントリックな行動がある種気持ちいい。だから米内の「調整気質」はこの二人の間でどうしても埋もれてしまうのだ。

しかしこんなエピソードもある。昭和14年8月8日の五相会議、板垣征四郎陸相がドイツと「無担保の同盟(つまり日独伊三国同盟)を結ぶときが来た」と強行に主張したときのことだ。当時海相だった米内は日独伊と英仏米ソとが戦ったときの勝算を聞かれて即座にこう答えた。

勝てる見込みはありません。大体日本の海軍は、米英を向うにまわして戦争するように建造されておりません。独伊の海軍にいたっては問題になりません。
このときの海軍次官は山本五十六だった。

米内が内閣総理大臣の大命を受けたのは昭和15年1月のことである。このときも米内は三国同盟阻止の努力を懸命に行った。昭和天皇の信任も厚かったが、陸軍の息のかかった右翼に始終脅迫を受けていた。実際、暗殺未遂事件も起こっている。山本五十六にしろ、井上成美にしろ、米内にしろ、みな決死の覚悟であった。それでも世論は「バスに乗り遅れるな」のキャッチフレーズに乗せられながら、親独熱を深めていく。

米内の芸者遊びは、佐世保鎮守府長官時代から派手だった。とにかく芸者にはもてたし、酒にも強かった。二・二六事件時は横須賀鎮守府長官だったが、この夜も芸者遊びをしていた節がある。しかし艶聞が新聞に書きたてられるようなこともなかった。これは鷹揚な米内の人徳によるものらしい。
このあたりのエピソードは、意外と米内の本質に触れているかもしれない。たとえば井上成美は、公人としても私人としても実に潔癖な人であったが、米内光政は井上に比べると大器な印象を与える。いまじゃなかなかいないタイプの指導者だ。
「終戦工作(=敗戦)」というこれまで日本が経験したことのない難事を処するには、米内のような「人徳」のある調整重視タイプのディレクターが絶対に必要であったのだろう。

この本を読んで再確認するのは軍部内の主戦派/回避派との対立とその後の意志思成の過程をである。もちろん軍部内の権力闘争だけに要因を求めるのは正しくないだろう。天皇の意思、戦況、国際情勢、マスコミの論調、「天の声・民の声」など、細かく追ってみなくてはならないだろう。特に重要なのは三国同盟成立に到る経緯である。

もう一点、米内は終戦直後、東久邇内閣・幣原内閣で海軍大臣を務め海軍解体を指揮した。このとき、米内の心の中には海軍復活のかなり具体的な構想があった。また、当時の軍関係者の中には同様の構想を持っていた人々も多かったはずだ。警察予備隊、さらに自衛隊へ。彼らがどのように戦後日本の「戦力」復活に関与したのか。このあたりも詳しく知りたいもんである。

それにしても、米内光政も山本五十六も井上成美も、あの戦争を留めることができなかった。井上などは、大事な時期に海軍兵学校長という閑職にいたのだ。
あの戦争を誰も彼もが精神論で勝てると踏んでいたのだ。米内は、日露戦争にその悪しき風潮の起源を見ていた。たしかにそうだろう。戦争に到る道は長く深い。

4101110069米内光政
阿川弘之

体裁=文庫: 557 p ; サイズ(cm): 16
新潮社
1982-05
ISBN: 4101110069
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4063725081ジパング (23)
かわぐちかいじ

体裁=コミック
講談社(モーニングKC)
2006-04-21
ISBN: 4063725081
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2006年06月26日

野生の思考

Claude Gustave Lévi-Strauss (1908 - ) Claude Gustave Lévi-Strauss (1908 - )

どういうわけだかレヴィ=ストロース関連の本が最近たくさん出版されてるし、中沢新一もレヴィ=ストロースへの忠誠を改めて表明している。

なぜか? なぜいまか?
構造主義というのは、普遍的な「ヒトという生物」の姿を明らかにするからだ。目には見えない人間の「根」を、オカルトに頼らずに明示する技術であるからだ。
文明の差、文化の差、言語の差。もちろんそれらは在るにしても、ヒトの根は普遍であることをレヴィ=ストロースは示し、闘った。いまも依然必要な闘争である。

いやあ、『野生の思考』はおもしろい。たとえばこんなテキストを読むとたまらなくなる。

ここにおいても私は、「社会生活、人間と自然の関係は、頭の中に展開される概念のゲームの結果ではないにしても、その投影である」などと言うつもりはない。「われわれが頭の中で考えることは動物界や植物界に似た一つの完全な体系をなしており、またいわば花の咲き揃う季節のようなものである。その図鑑を作るには天才でなければならないが、そのような人間は世間では狂人扱いされるだろう」とバルザックは書いている。しかしおそらく、天才というよりほんとうに狂人でなければ、とてもそのようなことは企てないだろう。概念の図式が慣習的行動を支配し規定している、と私が言うのは、時間的空間的に限定され、かつ生活様式や文明の形態について弁別的な非連続的事実という形で民族学者の研究対象にされている限り、慣習的行動は「実践」とはいっしょにはできないからである。「実践」とは――少なくともこの点では私とサルトルの見解は一致するが――人間科学にとって根本的な全体なのである。マルクシズムは――マルクス自身はそうでなかったとしても――慣習的行動が直接的に「実践」から出てくると考えることがあまりにも多すぎた。異論の余地のない下部構造の優位に異議を唱えるのではないけれども、私は「実践」と慣習的行動の間にはつねに媒介項があると信じている。その媒介項が概念の図式なのであって、その操作によって、互に独立しては存在しえない物質と形態が、構造として、すなわち経験的でかつ解明可能な存在として実現されるのである。私は、マルクスがほんの少し素描をしただけでこの上部構造の理論の確立に貢献したいと思っている。本来の意味での下部構造の研究を発展させるのは、民勢統計学、工学、歴史地理学、民族誌の助けを借りて歴史学がやっていただきたい。下部構造そのものは私の主要な研究対象ではない。民族学はまず第一に心理の研究なのであるから。
歴史学がレヴィ=ストロースの呼びかけにどのように応えたか。まだその成果は充分ではない。

野生の思考 / クロード・レヴィ・ストロース 大橋保夫・訳野生の思考
クロード・レヴィ・ストロース 大橋保夫・訳

体裁=単行本: 396 p ; サイズ(cm): 22
みすず書房
1976-01
ISBN: 4622019728
by G-Tools

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2006年06月25日

IN THE FLIGHT

フィッシュマンズ

眠れない夜にフィッシュマンズを聴いているとやっぱりグッとくる。
深いダブ。外は雨。

  IN THE FLIGHT
  作詞・作曲:佐藤伸治

 四つ階段を駆け上がって ドアを開けて覗き込ば
 その眠たそうな空気が 好きだ
 調子がよければいいね そんな気配を感じたなら
 陽気にお邪魔も できるさ

 ドアの外で思ったんだ あと十年経ったら
 何でもできそうな 気がするって
 でもやっぱりそんなの嘘さ
 やっぱり何もできないよ
 僕はいつまでも 何もできないだろう

 空に寄りかかって 二人のすべてを頼って
 どこまでも飛んでゆく
 いつでも僕らを よろしく頼むよ

 IN THE FLIGHT IN THE FLIGHT...


宇宙 日本 世田谷 / フィッシュマンズ宇宙 日本 世田谷
フィッシュマンズ

ポリドール
1997-07-24
ASIN: B00005FJU8
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ストロザプレティ

「家で何を食べてるんですか?」なんてときどき訊かれることがある。別に普通なんだけど。ただ、我が家みんなの好物はあります。たとえばこれ。

ストロザプレティ・ボッタルガ(マグロ)入り

キャナルの無印良品に行くたびに買っているのが「ストロザプレティ・ボッタルガ(マグロ)入り」。たいへん美味しい。ちなみに今日の夕食は、ストロザプレティ・ポモドーロ&三越「PAUL」のサンドイッチ&胡麻ドレッシングのサラダでした。

「ストロザプレティ」ってのはショートパスタの一種。ちょっとツイストしてて、見た目もかわいいです。アルデンテを少し過ぎたくらいの茹で加減が個人的には好き。表面がザラっとしていてソースとの絡みが良いのでいつも食べながら感心します。

生地にマグロの魚卵(っていうかカラスミみたいなの)がねりこんであって、シンプルなソースがよく合う。我が家ではトマトソースで食べることが多いです。ちなみに、今日はたまたま赤玉ポートワインがあったので、ソースを作るときに入れてみたら当たりだった。コクがでるのだ。

オイルさえよければペペロンチーノっぽくやっても、フレッシュなバジル多めのオイルソースでもOK。ざくっと刻んだオリーブの実とあわせてもいいかも。

ちなみに福岡ではキャナルの無印以外にはないと思われ。注意です。

無印良品ネットストアでも買えます
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2006年06月20日

ただそれを物狂おしいままに好くために


西住よ。私はようやく紀ノ川のほとりで眺めた浮島のようなこの世を、迷いなく、ひしと心に抱くことができる。この世はもともとただそれだけのものにすぎぬ。味もなければ、芸もないのだ。それが浮島と見え、虚空のはかなさに包まれると見えたとき、好きなものに満ちていることが解るのだ。運命の興亡も、季節のめぐりも、花鳥風月の現われも、何か激しく心を物狂おしくする好きものなのだ。私は、ただそれを物狂おしいままに好くために、こうして草庵のなかに坐しているのである。
+ + +

白洲正子の愛した西行。
西行について書いてみたいなあと思う。語るべきことはたくさんある。

辻邦生の『西行花伝』は謎めいた西行の一解釈だが、白洲正子の愛した西行像にいちばん近い。

西行花伝 / 辻邦生西行花伝
辻邦生

体裁=文庫: 718 p ; サイズ(cm): 15 x 11
新潮社
1999-06
ISBN: 4101068100
by G-Tools
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2006年06月16日

朝の音楽

/05 坂本龍一/05
坂本龍一

ワーナーミュージック・ジャパン
2005-09-28
ASIN: B000AA2B9I
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ぼくには「ゆるみ系」というジャンルがどうしても理解できないし、このアルバムの良さもよくわからない。「Tibetan Dance」なんて、こんなアレンジで弾いてくださいね的な、まったく穏当なもの。
しかし「Happyend」と「Thousand Knives」は素晴らしい。この2曲のために買っていい。「Happyend」は中期YMOの傑作『BGM』に収録されているコンセプチュアルな楽曲だが、こんなにメロディーラインが美しいとは思わなかった。

坂本龍一には『左うでの夢』という地味に素敵なアルバムがあるが、たしかに坂本の左手にははっとさせられることがある。坂本曰く「はずしたものってカッコイイでしょ」。ドビュッシー的だ。
(ちなみに『左うでの夢』ってタイトル、ほんとうは坂本が左利きだからつけられてらしいが。)
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2006年06月14日

ぼくの根

江藤淳と少女フェミニズム的戦後―サブカルチャー文学論序章 / 大塚英志江藤淳と少女フェミニズム的戦後―サブカルチャー文学論序章
大塚英志

体裁=単行本: 219 p ; サイズ(cm): 19 x 13
筑摩書房
2001-11
ISBN:4480823476
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「私」を成立させることをめぐる村上春樹の禁欲さは注目に値する。村上春樹は「私」と歴史が徹底して乖離していることをまず確認し、そのことを立証することで初めて語りえた小説家だといえる。その意味で村上春樹は意図的な来歴否認者としてまず出発している。
ぼくには、いまぼくが座っているここに、このシステムの網目の中に「ぼくの根」を見つけることはできない。
「ぼくの根」はもっと違うところにある。

樹木は空に向かって根を張っている。
ぼくも空に根を広げたい。
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2006年06月11日

繁二郎先生

NHKの日曜美術館で坂本繁二郎の特集をやっていた。久留米の石橋美術館で展覧会をやっているそうだ。久留米は坂本繁二郎の出身地である。

ぼくは以前古本屋で働いていたことがある。そこはいわゆる「紙物」を全般に扱う古書店だったので、和本から掛け軸、古地図に絵葉書、第一次資料の類から浮世絵や錦絵のような版画類、作家の原稿まで、とにかく紙に関するものならなんでも扱っていた。

ぼくはそこで数年間働いていたが、坂本繁二郎を扱ったことも何度か扱った。ぼくがよく覚えているのは「阿蘇五景」という木版画だった。

阿蘇五景 阿蘇五景

ぼくの働いていたデスクは、店の奥で日も差さない薄暗い場所にあった。古い本に囲まれて、とくに和書の虫除けのためにそこらじゅうに置いてあった樟脳の匂いのせいで、若い人は決して入ろうとしなかった場所で、ぼくはこの5枚の木版画と出会った。

すぐにぼくはよく見ようと思って、それを店の裏庭に持ち出した。ほんとはそんなことをしてはいけない。長く日の光にあてると退色してしまう。だけど、とくに「繁二郎先生」の版画は色彩が素晴らしい。淡く、厳しい色。社長の目を盗んで、裏庭の大きな柿の木の下で見た。

草千里にたたずむ馬。「馬」は繁二郎先生のいつものテーマだけど、この馬はずいぶん優しそうだ。実際はもっと透明なグリーンで、清澄だ。霞の中にのぞく中岳は、山の端が厳しい。静まり返った空気。同じグリーンでもぜんぜん印象が違う。

少し時間をかけて眺めていた。日がそろそろ傾きかけていて、柿の葉がざわざわなっていた。裏の家から隠居した先代が出てきていた。ぼくはまったく気づいていなかった。突然声をかけられたときにはびっくりしてしまった。

「・・・繁二郎先生のかね。」

先代の話では、繁二郎先生はこの店にも何度か来たことがあるのだそうだった。そのとき何を買って帰られたんだろう。先代は覚えていなかった。

+ + +

青木繁と同世代の作家だというと驚く人もいる。青木繁は早逝したけど、坂本繁二郎はずいぶん長く絵を描かれていた。八女でひとりで。ぼくの好きな画家のひとりです。

坂本繁二郎(1882年 - 1969年) 坂本繁二郎(1882年 - 1969年)
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えんそく

きのうはあぶらやまの「もーもーらんど」へ、ほいくえんのえんそくでした。
みんなげんき、みんななかよし。
みじかいじかんだったけど、たのしくあそびました。
よかったです。おしまい。

ママと  あそんだよ  アオハナムグリ。パパがおしえてくれました。

はしってました  かみさまにありがとう

+ + +

帰り道の紫陽花が綺麗だった。byパパ。

あじさい
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2006年06月10日

Left Bank

BEATNIKS

  Left Bank
  作詞:鈴木慶一 作曲:BEATNIKS

 この河はいつからか 水が流れてない
 ゴミの山とさびついた船あるだけ 苔のように
 恐竜の時代から 変わってない事は
 太陽と空と生と死が 在る事 過ぎてしまう事

 向こう岸は 昔、住んでいた所
 左岸を 海に向かって
 ぼくは歩く 君を愛しながら

 この愛はいつからか 片側だけのもの
 お互いの心さらけ出す その時 愛はだまってしまう

 向こう岸は 君と住んでいた所
 左岸を 風に向かって
 ぼくは歩く 君を忘れながら

 最強の敵は 自分の中にいる
 最高の神も 自分の中にいるはず

 向こう岸に ぼくの肉が迷っている
 左岸で 骨になるまで
 ぼくはしゃがんで
 ついに君に触れたことなかったね
 つぶやいて 泥で顔を洗う

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音楽つれづれ

Valery Afanassiev(1947- ) Valery Afanassiev(1947- )

ヴァレリー・アファナシエフの「音楽と形而上学」というエッセイが『intoxicate』61号に掲載されている。この麻薬的(というか変態チックというか)な音を出すピアニストは、言葉についても饒舌な人で、詩やら哲学的エッセイやらを書き散らしていたりする。「音楽と形而上学」は昨年東京で行われたレクチャーで、なかなかおもしろいエッセイ。

このなかには第三帝国下のフルトヴェングラーについて書かれた部分がある。

子どもや動物を愛する気持ちは、ひとの善意の紛れもない証だと言われています。ところが、どうでしょう。ヒットラーですら、飼い犬を可愛がっていたのです。それどころか、ヒットラーは音楽も愛好していました。スターリンも同様に、音楽愛好家でした。この二人が、歴史上最も忌み嫌うべき人物達である事は断言できます。ですから、音楽に対する愛は何の証でもありません。実際のところ、音楽は愛されることなど必要としていません。音楽は、人が音楽を愛そうと、愛すまいと、存在しています。未来永劫に存在し続けるでしょう。音楽は何の影響も受けません。私は、登場人物が絵画の中に入り込もうとする映画を、二、三観たことがあります。その人物は、絵画の一部分を成そうとしていたのです。文学作品や絵画の中に入ろうとする試みは、作品の語るストーリーの一部を担いたいからなのでしょう。でも、楽曲の中に入り込むことはできません。音楽の方が、私たちの人生に入り込み、私たちの人格を変えてしまうのです。フルトヴェングラーはベートーヴェンのシンフォニーを指揮しているとき、普段の彼ではありませんでした。それとも、その時の彼が、本来のフルトヴェングラーだったのでしょうか。恐らく、それは些末なことなのです。ヒットラーの1943年の誕生日を祝って催されたコンサートには指揮者が二人いたのです。一人はベートーヴェンの第九交響曲を指揮し、もう一人はゲッベルスと握手を交わしていました。
フルトヴェングラーは、リヒャルト・シュトラウスと同様に、消極的ながらナチに協力したとされている音楽家である。リヒャルト・シュトラウスは自身の音楽そのものを「爆弾」に使ったが、フルトヴェングラーはそうではなかった。あの抑圧の体制下で「純粋な音楽」を創造し続けた。それは音楽の本質に拠ったものだった。

この部分の少し前には、パウル・ツェランのドイツ語論について触れられていて、とくに音楽と文学作品、というよりも音楽とコトバの質の違いについて書かれている。「音楽は周囲の出来事に影響されることはありません。音楽は歴史を通り抜けますが、正義の味方もしなければ、犯罪にも加担しません。」
音楽は透明なもので、なにものにも依拠しない。それは根拠なく、理由なく、存在しうる。

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ごく私的な記憶だけれども、ぼくはフィッシュマンズの佐藤伸治が死んだという記事を『JAPAN』で本屋で立ち読みしたときのことを思い出す。すでにそのときは佐藤伸治の葬儀も済んでしまっていて、ぼくは世界が傾いでしまったような暗澹たる気分がした。いまでもあのときの眩暈がするような息苦しい感覚を生々しく思い出すことができる。

この記事を掲載した『JAPAN』の表紙はたしか山崎まさよしで、ロングインタビューでは間抜けな顔で「ぼくは愛を歌うことしかできない」とかなんとか言っていた。佐藤伸治だったら決してそんなこと言わない。彼はいつもいたたまれない気持ちで歌っていたのだ。その得体の知れない「だめっぷり」を呑み込みながら、彼は歌っていた。なにものにも奉仕しない音楽を彼は創りつづけた。

LONG SEASON / フィッシュマンズLONG SEASON
フィッシュマンズ

ポリドール
1996-10-25
ASIN: B00005FJT9

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なにものにも奉仕しない音楽。

坂本龍一のアルバム『CHASM』で「WORLD CITIZEN」のリミックスをしている池田亮司の作品。なにものにも奉仕しないということがこんなにもすさまじいことなのか、『+/-』を聴くたびにそう思う。
あゆむさんが1歳の頃、スピーカーの前で不思議そうな顔をしてこのアルバムを聴いていた。彼はそのとき、「あること」と「ないこと」の謎に、初めて触れたのかもしれない。「あること」も「ないこと」も、なにかに依拠する観念ではない。それは透明なものだ。

+/- / Ryoji Ikeda+/-
Ryoji Ikeda

Touch
2004-01-01
ASIN:B00000B4KL
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2006年06月04日

暗号好き

『ダ・ヴィンチ・コード』(ロン・ハワード監督 / 2006 / 米)
『ダ・ヴィンチ・コード』(ロン・ハワード監督 / 2006 / 米)

いま話題の『ダ・ヴィンチ・コード』をキャナル・ユナイテッド・シネマにて。

さすが、カンヌで一般客に大絶賛、批評家筋には冷ややかに迎えられただけの作品ではある。朝一の上映時間だったけどそれなりに客も埋まり、真後ろの席では「ダ・ヴィンチ・マニア」らしい青年がいちいちうるさいコメントを友人相手にしててぼくらの鑑賞の邪魔をするって感じ。まあ話題作っぽくてよかった。

映画自体はそつなくできてます。俳優たちもほどほどの演技。批評家筋が冷笑したっていう「聖杯」の真実もどうでもよろしい。もともと「と学会」ネタなんだから、バチカンがどうこういうものでもないだろう。ぼくは日本人で、物語のエンジンであるキリスト教の「信仰」の強さってもんをもちあわせていないからこんなにお気楽にいえるんだろうけど。

ぼくがあらためて思ったのは、「世界は真理へ到るための暗号の集積だ」という西洋の思想の根深さだ。神学も哲学も科学も、一貫してその思想に貫かれている。大は宇宙の始まりを求める大統一理論の探求から、小はユダヤ陰謀史観まで。
だけどほかの文明ではそうじゃない。東洋にはまるでその思想はない。禅でいう「覚悟」ってのは真理ではないしね。ネイティヴ・アメリカンのホピ族には「世界の中心に至る旅」に関する神話があるけど、それはイニシエーションそのものに意味があるわけで、「世界の中心イコール世界の真理」であるわけではない。

この暗号好きは西洋特有の志向なわけで、そういう目線であらゆる「物語」を読んでいくとなかなか面白い。ヒッチコックの好んだ「マクガフィン」は、この暗号好きな西洋だからこそ生まれた真に独創的な物語の駆動装置なんだけれども、マクガフィンについてはいずれ。
ちなみにこの『ダ・ヴィンチ・コード』にはマクガフィンは1箇所もありません。

+ + +

それにしてもオドレイ・トトゥはちょっと老けちゃったな。やっぱりジュリエット・ビノシュにはなれなかったか。


ダ・ヴィンチ・コード (2006/米)
The Da Vinci Code

製作総指揮 トッド・ハロウェル / ダン・ブラウン
製作 ブライアン・グレイザー / ジョン・コーリー
監督 ロン・ハワード
脚本 アキバ・ゴールズマン
原作 ダン・ブラウン
撮影 サルヴァトーレ・トティーノ
美術 アラン・キャメロン
音楽 ハンス・ジマー
衣装 ダニエル・オーランディ
出演 トム・ハンクス / オドレイ・トトゥ / イアン・マッケラン / ジャン・レノ /
   アルフレッド・モリーナ / ポール・ベタニー / ユルゲン・プロフノウ /
   ジャン・ピエール・マリエル / エチエンヌ・シコ
posted by Dr.DubWise at 07:40| Comment(0) | TrackBack(0) | lumen opacatum | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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