2006年10月31日

〈それ〉は作動している。

廃墟。

それは膜ではない。界面である。AからBへ、瞬時に切り替わる。
あるいは閾値を越えると、突然、これまでとは異なる秩序が生成し成長し始める。自己組織化といえようか。
『アンチ・オイディプス』の冒頭にはこうある。

〈それ〉は作動している。ときには流れるように、ときには時々とまりながら、いたるところで〈それ〉は作動している。〈それ〉は呼吸し、〈それ〉は熱を出し、〈それ〉は食べる。〈それ〉は大便をし、〈それ〉は肉体関係を結ぶ。にもかかわらず、これらをひとまとめに総称して〈それ〉と呼んでしまったことは、何たる誤りであることか。いたるところで、これらは種々の諸機械なのである。しかも、決して隠喩的に機械であるというのではない。これらは、互いに連結し、接続して、他の機械を動かし、他の機械に動かされる機械の機械なのである。
見えないのではなく、普段は存在しないのだ。だが在る。それがたち現れるとぼくは異なる秩序の中に放り出されることになる。そこはいまだ見たことがない場所だ。ここにはかつて立ったことがない。そしてすぐにその不快に順応する。新しい秩序を、さらに拡大/編成するために。

気がつくと、ぼくは昨日と連続した世界にいる。あんな嵐を経験したというのに。ぼくは呆然とする。
すこしずつ世界は変わる、界面を不断に越えながら。

ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze、フェリックス・ガタリ Felix Guattari『アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症』アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症
ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze、フェリックス・ガタリ Felix Guattari
宇野邦一(訳)

文庫: 416ページ サイズ (cm): 15 x 11
河出書房新社
2006-10-05
ASIN: 4309462804
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ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze、フェリックス・ガタリ Felix Guattari『アンチ・オイディプス(下)資本主義と分裂症』アンチ・オイディプス(下)資本主義と分裂症
ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze、フェリックス・ガタリ Felix Guattari
宇野邦一(訳)

文庫: 416ページ  サイズ (cm): 15 x 11
河出書房新社
2006-10-05
ASIN: 4309462812
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2006年10月30日

王の目について。

内モンゴル・白岔河流域の岩絵(黥目の人物像であるようにも見える)
内モンゴル・白岔河流域の岩絵(黥目の人物像であるようにも見える)

前回のエントリーに続いて「徳」の話。『国語』晋語(新釈漢文大系第67巻)にいわく、

異姓則異徳、異徳則異類。異類雖近、男女相及、以生民也。同姓則同徳、同徳則同心、同心則同志、同志雖遠、男女不相及、畏黷故也。黷則生怨、怨乱毓災、災毓滅姓。

異姓は則ち徳を異にす、徳を異にすれば則ち類を異にす、類を異にすれば近しと雖も、男女相及ぼすは、民を生ずるを以(もっ)てなり。同姓は則ち徳を同じくす、徳を同じくすれば則ち心を同じくす、心を同じくすれば則ち志を同じくす、志を同じくすれば遠しと雖も、男女相及ぼさざるは、黷さんことを畏るるが故なり。黷さば則ち怨みを生じ、怨み乱れれば災いを毓(いく)し、災い毓せば姓を滅ぼす。

異姓は徳を異にし、徳が異なれば類を異にし、類が異なれば近親でも、男女が結婚するのは、人民を繁殖できるからです。同姓は徳が同じであり、徳が同じだと心が同じであり、心が同じだと志が同じであり、志が同じだと疎遠の者でも、男女が結婚しないのは、相なれけがして、けじめが無くなるからです。けがせば怨恨が生じ、怨み乱れれば災禍が生育し、災禍が生育すれば姓を滅ぼします。
新釈漢文大系版『国語』を校注した大野峻は、「余説」にこう書いている。

同姓不婚の制度は、人類共通のおきてであり、ある程度霊長類にも行われているという。してみると、これは本能的なものであろう。中国で特にやかましいのは、むしろ高度の文化生活がこの外婚本能を破壊しがちであったからとも言えよう。
このあと斉の桓公や唐の玄宗、はてはクレオパトラの例まで出して近親婚の「不正」を指摘している。このあたりあまり科学的ではないし、そのノーテンキさにはがっくりきたりする。最も重要な点について考察が欠けているのはどうしたものか。ちょっと鈍感にすぎやしないか。

というのは、先日、小南一郎の『古代中国 天命と青銅器』に、徳についてこれまでぼくが考えていたようなことが、『国語』を引いて書いてあったからだ。さすがに中国学の泰斗、林巳奈夫に喧嘩を売った碩学だけあって(詳細は『古代中国 天命と青銅器』「あとがき」を参照)、切れ味の鋭いロジックを展開している。上述の『国語』を引用してこう書く。

このように徳について、それぞれの血族ごとに、おのおの異なる徳が継承されていると考えられていたのであれば、そうした血族間の徳の差異については、元来、倫理的な優劣などが想定されてはいなかったであろう。我が一族には同じ血が流れていると考えるのと同様な観念であって、おのおのの家系が、それぞれに特色ある徳を伝えているとされたのである。もし、そうした徳の間に優劣が想定されたとすれば、それは、それぞれの家が伝承する徳の盛んさの度合いの差異であっただろう。ある家が栄えるのは、その家が保持する徳の力が大きいからであり、衰えるのは、徳が力を失ったからなのだという、素朴な数量力学的な観念なのであった。そうした徳を、もう一段、抽象化して言うならば、徳とは、それぞれの家系の中で保持されている、生命力とでも言うべきものを指して言う言葉であったと推測される。
小南一郎によれば、〈徳〉は生命力を意味する言葉だという(『荘子』外篇を参照すること)。元来、王が立春の儀式などを通じて天より膨大な「生命力」をその身に受け、さらにそれを冊命などを通じてあまねく下賜する。王は世界に〈徳〉を分配する存在なのである。

「血族ごとの異なる〈徳〉」という観念は、西周期(あるいは殷商期、さらにそれ以前)の鼎や犠尊などを用いた青銅器儀礼と関係するのだが、興味がある方は上述書を読んで欲しい。
とにかく〈徳〉とは生命の原初的エネルギーであり、それをあまねく世界に拡大することが当時の政治思想の中核にあったことに留意しよう。これは前のエントリーで「徳」字についての『字統』からの引用に関連してくる。すなわち「徳の初形は省と極めて近く、省から展開している字とみられる」という箇所である。それでは「省」字について『字統』ではどう書かれているか。



形声 卜文・金文の字形は生に従い、声符は生。〔説文〕四上はテツ(山の一画目を突き通した字)に従うものとし、「視るなり。眉の省に従ひ、テツに従ふ」とする。〔段注〕に「テツは音徹、木初めて生ずるなり。財(わづ)かに見ゆるなり。眉に従ふ者は、未だ目に形(あら)はれざるなり。テツに従ふ者は、之を微に察するなり。凡そ省することは、必ず微に於てす。故に引伸して減省の字と為す」と説くが、卜文・金文の字形は上部を生の形に作り、おそらくはもと眉の上に加えた呪飾であろう。卜辞に王の巡省を卜して、「王省するに、往来災ひ亡きか」と卜するものがある。また武威を示して、その支配地を巡察することをイツ省(いっせい、イツは「橘」字のつくりにシンニョウ)といい、金文の〔大盂鼎〕に「我にオイ(アメカンムリに于)て其れ先王の受けられたまひし民と、受けられたまひし疆土とをイツ省せよ」、〔宜侯ソク毀〕「イ(ギョウニンベンに止と口)でて東國の圖(と・農耕地)を省す」のようにいう。外地に赴くとき、眉飾を加えてその呪力を示すことは、わが国の古代にも「など黥ける利目」といわれる黥目の俗があった。徳の古い字形も、目の上に呪飾を加えた字で、その初文は省と極めて近い字形である。そのように外に対して示される呪力が、本来はその内部にある力能のあらわれであるということから、省心・省悟の意となり、徳性への自覚となる。
云々とある。

「省」字が「徳」字より古く作られたのではないかとも思うけれど、判然としない。が、〈徳〉が西周期において征服の理念に容易に転化されたのはよくわかる。無秩序な夷狄戎蛮の地に天の秩序を分配する。これは農耕の理念の導入とも密接なかかわりを持つはずだ。(ミシェル・セールの『ヘルメス』シリーズなどとリンクさせて論じられないか、とも思うけれども。)

刑罰としての黥は、天の秩序を身体に刻みつける意味で行われたのではないか。目の形象の入墨は、この場合無秩序な罪人の身体内部を見つめる「天(あるいは王)の目」であり、〈徳〉を罪人の内部に導きいれ、〈徳〉の統べる世界に再編成するための「窓」である。
また王やその使者による巡察の際になされる眉飾や黥目は、併呑した国土を観察し〈徳〉を配分する「窓としての目」である。(なんだか『風の谷のナウシカ』コミック版に描かれている、土鬼(ドルク)皇兄ナムリスのヘルメットを連想させるなあ。)

おそらくこのような思想が大和朝廷形成期の日本にも紹介されたのでないか。『古事記』の大久米命は、西周期中国の1500年も後に出現した「王の目」なのかもしれない。それを導入したのはどのような人物であったのか、想像が広がっていくじゃないか。

小南一郎『古代中国 天命と青銅器』古代中国 天命と青銅器
小南一郎

単行本: 289ページ サイズ (cm): 19 x 13
学術選書シリーズ「諸文明の起源」第5巻
京都大学学術出版会
2006-08
ASIN: 4876988145
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大野峻『新釈漢文大系67・国語(下)』国語(下)
大野峻

単行本: 387ページ
新釈漢文大系 第67巻
明治書院
1978-10
ASIN: 4625570670
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『新訂 字統』白川静 新訂 字統
白川静

大型本: 1107ページ
平凡社
2004-12-16
ASIN: 4582128068
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2006年10月28日

アンチ江原スピリチュアリズム。

「スピリチュアル」ってどういう意味なんだろうな。
某江原なんとかさんのような、「スピリチュアル伝道師」もテレビ界にいるわけだけれども、正直どうにも胡散臭い。結局もっとも信用できるのは、自分自身のexperienceなのであって、誰かのことばではない。(頑なにそう思い込んでもいけないけれども、)少なくともスピリチュアル云々については、誓ってそう言い切れる。

つまり某江原なんとかさんのことばは、エンターテイメント以上のものではないのであって、あそこで納得してしまい涙してしまうようなひとたちは、ほんとうにスピリチュアルなものに興味があるわけではないのだ。

じゃあ、どこにスピリチュアルなものがあるのか。
まあ、薬物はイリーガルだから論外だとして、やはり「音楽」ではないか。ダンス・ミュージックなんてのはその最たるものだ。あれを、ヒッピーズムなんぞとリンクさせてしまってはもったいない。スーフィズムなんてすでに1000年の歴史があるじゃないか。

それにモンゴルには「ホーミー」なんてものもある。自分の声を口腔内で共鳴させて、通常は人の出せないような高い倍音(正確にはフォルマントだが)を作る歌唱法。ホーミーの使い手のなかには「頭蓋骨内で共鳴させる」と説明する人もいる。

天台聲明や真言聲明、あるいはチベット聲明、あるいはガムランの反復しながらも少しずつづれていく旋律ともいえないパターン。
四半分音を駆使するめまいするようなイスラム音楽、螺旋をえがきながらエレヴェイトしていくヌスラット・ファテ・アリ・ハーンのカッワーリー。

こういうの、あきらかにトランスでしょう。「高次」とはいわないけれども、あきらかに「別の世界」に触れる音楽ではないかと思う。ここではないどこかを目指す働きだけが「スピリチュアル」と呼ばれるものだ。

+ + +

なんてことを考えていたのは、昼間っからたてつづけに「スピリチュアル」な音にやられてしまったからで、まあそんな土曜日もありでしょう。
以下3枚、メモしておきます。

グルジェフ、ツァブロプーロス:聖歌、讃歌、舞踊グルジェフ、ツァブロプーロス:聖歌、讃歌、舞踊
ゲオルギー・イヴァノヴィチ・グルジェフ G.I.Gurdjieff
ヴァシリス・ツァブロプーロス V.Tsabropoulos(p)
アニア・レヒナー A.Lechner(cello)

ECM / ユニバーサルクラシック
2004-12-29
ASIN: B0006GAWWO
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神秘家ゲオルギー・イヴァノヴィチ・グルジェフの作品集。思ったより饒舌だけど、暖かい。美しい。そして感情的だ。あのキース・ジャレットの録音よりも聴きやすいだろうか。
チェロとピアノのやりとりに耳をすませていると、遠いところ、どこか見知らぬ山のふもとに連れて行かれるような気がする。この通奏低音はどこから響いてくるのだろうか。

kotobanomae061029.jpgことばのまえ
スピリチュアル・ヴァイブス

トイズファクトリー
1996-08-01
ASIN: B0000566PW
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竹村延和の率いたスピリチュアル・ヴァイブスの(いまのところ)最後のアルバム。
とにかく無垢な音楽。メロディも美しい。メロディってたぶん鼻歌で生まれるんだろう。それを鼻歌のまんま、つまりみずみずしいまんま音楽にしたって感じ。
kikuの不安定な歌声も、愛らしい。こんなバンド、もう生まれないかもしれないなあ。

Art Blakey And The Afro-Drum Ensemble『The African Beat』The African Beat
Art Blakey And The Afro-Drum Ensemble

Blue Note Japan
2000-01-25
ASIN: B000042OQV
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アート・ブレイキーの最高傑作(だと、ぼくは思っている)。
ファンクネスってのは、アフリカのビートがアメリカでアマルガムを起こしてできた特異なビートだと思う。ファンクってのはアメリカに生まれたクレオール音楽だ。
アート・ブレイキーはファンクとは違うアマルガムを志向した。ルーツに忠実に。そしてこれまで抑圧されてきたドラムに思う存分歌わせること。
結果は? こんなにスピリチュアルで楽しいアルバムができた。M6「Ayiko, Ayiko」を聴いていると、ぼくは涙ぐんでしまうのです。
 
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2006年10月22日

入墨と徳について。

画像石に彫られた「お月様の中のひきがえる」
画像石に彫られた「お月様の中のひきがえる」(左の鳥は彗星をあらわしている)

先日のエントリーの続き。
『楚辞』を読んでいると、こんなおもしろい歌句を発見する。

夜光何徳 死則又育
厥利維何 而顧菟在腹

夜光何の徳ぞ、死すれば則ち又育(いく)す。
厥(そ)の利(り)維(こ)れ何ぞ、而して顧菟(こと)腹に在り。
『楚辞』はなんとも鬱屈した歌が多いんだけれども、この部分がとても好きだ。「新釈漢文大系」ではこんな訳がついている。

月には何の徳があるのか。死んではまた生まれる。何の宜(よ)い事があって、顧菟(うさぎ)は月の中にいるのだろう。
「顧菟在腹」の語釈におもしろいことが書いてある。

『五経正義』に「月中に兎有り、蟾蜍(せんじょ)有るは何ぞ。月の陰なり。」とある。蟾蜍はひきがえる。漢代の瓦当の文様に、この二者が同居している図がある。聞一多は顧菟を蛤・科斗であり、すなわち蟾蜍のことであると論証している(『天問釈天』)。
ハマグリとカエル、それにオタマジャクシの関係は中国神話に関する本を読んでもらえば良いけれども、「顧菟=ひきがえる」ってのは楽しい。ぼくとしては「月の中にはひきがえるがいる」説を採りたい。が、これは余談。問題は「夜光何徳 死則又育」のところ、何故「徳」字を用いているのか、ということだ。

「何徳」について新釈漢文大系はその語釈で、「何の霊徳があってのことか。」とあっさりすませている。しかし「月」という、神でもなく、且つあきらかに非人称である存在に、「徳」という字がどうもそぐわない気がする。そこでまた『字統』をひく。



会意 彳(てき)と省と心に従う。篆文の字形は悳に従い、悳声。〔説文〕二下に「升(のぼ)るなり」とあり、〔易、剥卦〕(釈文、菫遇本)に「君子、車に徳(のぼ)る」、〔礼記、曲礼、上〕「車に徳(のぼ)り、旌(はた)を結ぶ」などその例もあるが本義ではない。〔広雅、釈詁〕に「得なり」と同音をもって訓し、心に得るものを徳とする意と解する。徳の初形は省と極めて近く、省から展開している字とみられる。近出の金文〔徳方鼎〕の徳は心に従わず、彳と省の初形に従う。省は目の上に呪飾をつけて、省道すなわち除道を行うことを意味する字で、徳とは省道によって示された呪的な威力をいう。目は呪力のあるものとされ、それに呪飾を加えて厭勝(ようしょう、「まじない」のこと)とすることが、古くから行われており、わが国でも〔古事記、神武〕に久米の命が「黥(さ)ける利目(とめ)」をしていたことをしるしている。省、徳の字が目の上に加えているものは、その呪飾である。そのような威力が、呪飾による一時的なものでなく、その人に固有の内在的なものであることが自覚されるに及んで、それは徳となる。金文に敬徳・正徳・元徳・秉徳・明徳・懿徳・首徳・徳経・政徳・経徳など、その語彙は甚だ多く、徳の観念の発展が著しい。その字形はもと彳と省に従うもので、〔大盂鼎〕に及んではじめて心を加えた字形があらわれる。もと省道の呪力を意味するものが、次第に人の内面的な徳として自覚されてくる過程が、字形の展開の上にもあらわれているのである。(下線はDubWise)
これはちょっとした衝撃ではないか。このテキストで徳と黥がつながった! しかも例証として「黥ける利目」まで示してある!!

徳とは、そもそも「道徳」に関わる文字ではないというのだ。下線部に注目して欲しい。「呪」は観念的なものではなく、捉えどころのないがそこに在る、「エネルギー」とでも表現すればいいようなもの。これが「徳」の原義だというのだ。

たしかに『荘子』外篇などを読んでいると、こういう有名な一説があるですね。

泰初有無。無有無名。一之所起。有一而未形、物得以生、謂之徳。

泰初に無有り。有無ければ名無し。一の起る所なり。一有りて未だ形(あらは)れず、物得て以って生ずる、之を徳と謂ふ。
老荘的な思想が「徳」の原義が形成された時代に在ったかどうか、ぼくは疑問に思うけれども、「徳」という語の古い用法は受け継がれてきたのではないかと思う。

白川静先生は周王朝時代、とくに西周期の金文に拠って論を展開している。ずっと追っていると、徳の原義と黥目とは密接な関係があるのではないか、そんな仮説が成り立つ(大味ですいません)。

さらに続くデス・・・ ごめんなさい。

『新釈漢文大系34・楚辞』星川清孝新釈漢文大系34・楚辞
星川清孝

単行本: 362ページ
明治書院
1970-09
ASIN: 4625570344
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『新訂 字統』白川静 新訂 字統
白川静

大型本: 1107ページ
平凡社
2004-12-16
ASIN: 4582128068
by G-Tools

 
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美味しいパン、など。

フリマは楽しいです。

今日は日曜日。お掃除をしたりお洗濯をした後は、自転車をこぎこぎおでかけ。

本日の第一目標は西新のパン屋さん「コナ・エ・ウフ」。ウェブで見つけたお店だけど、すでに「ちゃりグル」でも取り上げられたとか。
とても可愛い小さなお店。でも、お客さんは途切れない。ぼくらはクロワッサン、カレーパン、レーズンバゲットなどを買う。

とても丁寧に作ったパン。「粉の香りがぶわ〜っ」て感じのパンではないけど、優しくて上品な味。クロワッサンは生地もバターの香りも軽くて美味しい。カレーパンは粗めのパン粉を使っていて食感が楽しい。

うちは平尾の「セ・トレボン」贔屓だけど、「コナ・エ・ウフ」はベクトルが違う美味しさ。これはもう好みの問題かな。

TNCの前でフリマをしているので冷やかす。とくに買う予定はなかったのに、カラフルで可愛い新品バッグを激安で売っているのを発見。しかもハンサムな外人さんのお店。麻の大きな買い物バッグとワイン専用バッグ2個を買う。しめて200円。

図書館に寄って絵本やら借り、大濠公園へ。ともちゃんがお店のディスプレイにいる松ぼっくりを仕入れに行く。でも、落ちている松ぼっくりはほとんどない。低い枝にも全然ない。たぶん、松ぼっくりマニアが先手を打ってとりつくしたのかもしれない。枯枝を拾ってきたともちゃんと、枝先に残る松ぼっくりを探して歩く。

公園であゆむさんを遊ばせたあとスタバに移動、アルバム整理をする。まだ運動会どころか夏の旅行の写真の整理もしていないのです。あゆむさんは自分のノートに絵を描いたり、色紙を貼り付けたり。あああ、今日もお腹いっぱい。

マリゾンでパンを食べる。  フリマでバッグを買う。  秋の収穫。

あゆむさんの新しいノート。

PS:ばってん荒川さんがお亡くなりになったそうだ。偉人がまたひとり・・・ ご冥福をお祈りいたします。
 
ラベル:福岡 パン
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2006年10月21日

黥目について。

ずいぶん前に使っていたノートに岩波書店の「日本古典文学大系」のコピーを発見した。『古事記』(校注は倉野憲司と武田祐吉)中巻のある一節をマーキングしてある。神武天皇の弟分のような存在である大久米命が、神武天皇のために神の御子である比売多多良伊須気与理比売(ひめたたらいすけよりひめ、後の神武皇后)を見出す場面だ。

爾に大久米命、天皇の命(みこと)を以ちて、其の伊須気与理比売に詔(の)りし時、其の大久米命の黥(さ)ける利目(とめ)を見て、奇(あや)しと思ひて歌曰(うた)ひけらく、
 あめつつ 千鳥ましとと など黥(さ)ける利目(とめ)
とうたひき。爾に大久米命、答へて歌曰(うた)ひけらく、
 媛女(をとめ)に 直(ただ)に遇(あ)はむと 我が黥ける利目
とうたひき。
この二首について、たぶん2、3はエントリーが書けるな。「アメツツ」「チドリマシトト」の意味、二首の関係などたいへんおもしろい。だけれども、ここで注目したいのは「黥ける利目」の部分。註にはこうある。

黥くは目の周辺に入墨をすること。南方系の習俗と思われる。後には刑罰として強制的に入墨を施すようになった。利目は鋭い目の意。
さらにこれには補注がある。ちょっと煩雑だが引用してみる。

黥目については、履中紀元年四月の条に、「召安曇連浜子詔之曰、汝与仲皇子共謀逆、将傾国家。罪当于死。然垂大恩而免死料墨。即日黥之。因此時人曰安曇目。」とある。また、雄略紀十一年十月の条には「鳥官之禽、為菟田人狗所齧死。天皇瞋、黥面而為鳥養部。」とある。これも刑罰のようであるが、実は飼部(養部)即ち御料の鳥獣を飼う賎民を、良民と区別する為に黥を施していたのである。履中紀五年九月の条に、「天皇狩于淡路島。是日、河内飼部等従駕執轡。先是飼部之黥皆未差。時居鳥伊弉諾神、託祝日、不堪血シュウ(自のしたに死)矣。因以卜之。兆云、悪飼部等黥気。故自是後、頓絶以不黥飼部而止之。」と伝えている(シナにおける黥は、罪人の額に傷をつけて、これに墨を入れた)。
もちろん大久米命は罪人ではない。神武天皇と神武皇后をとりもった人物が賎しい身であるはずはない。罪人の顔に入墨をする習慣は後の世のことだ。

ところで注にある「南方系の習俗と思われる」というくだりは根拠のない説であるように思われる。まあ、オリエンタリズムの産物というか。というのは、あまり目の形、あるいは目の周りに入墨をするという習俗が、民俗資料に発見できないからだ。

縄文時代の土偶や土面には目を強調した造りのものもあるが、それが入墨かというとそうではなさそうだ。あるいは古墳時代の埴輪にも、顔面を朱で入墨した像があるが、目を造形したものは見たことがない。
むしろ、日本古来にあった顔面の入墨は、唇を中心にしたものであったと思われる。たとえば、かつてアイヌ民族の女性たちは唇を強調させるような入墨をしていたし、遮光器型土偶の丸い口の周囲を点刻しているものが多くある。これは入墨を意味しているという説が一般的だ。

アイヌの女性(明治10年代)
アイヌの女性(明治10年代)

「刑罰としての入墨」すなわち「黥」は中国起源ではないか。白川静先生の『字統』には「黥」字について、以下のような解説がある。



形声 声符は京(けい)。〔説文〕十上に「墨刑の面に在るなり」とあり、顔に刑罰として加える入墨をいう。文身は通過儀礼として、朱や墨で一時的に加えられることが多いが、それらは絵身(かいしん)という。刑罰としては辛(はり・針)で入墨するものは黥涅(げいでつ)といい、また手足などの皮膚を傷つけ、その傷痕を文飾とするものは瘢痕(ばんこん)という。入墨は最も普通の方法で、多くは目の周辺、鼻の上、額・頬などに施す。ヒタイ(桑に頁)の上にあるものをタク(さんずいに豕)鹿(たくろく)の刑という。文字の構造上、辛字形を含むもの、童・妾・ザイ(自のしたに死)・章などはみな入墨に関する字であるが、このうち童・妾は奴隷、ザイは刑罰、章は加入儀礼として行われる年齢的表章の意味のものである。〔晋令〕によると、奴婢の逃亡者には墨黥を両眼の後ろに加え、再逃亡者には両頬の上、三たび逃亡すれば目の下に黥した。みな長さ一寸五分、広さ五分とする定めであった。
『晋令』(は、正確には佚書。『晋令輯存』だね)に直接あたっていないので(というか、『晋令輯存』の対訳書はあるのか?)よくわからないけれども、「墨黥を両眼の後ろに加え」とはどういう意味だろうか。瞼の上に入墨をしたということか?
中国の尺貫法は日本のそれとあまりかわりない。1寸が3センチ強だ。一寸五分となると4.5センチほどとなる。人間の実際の目よりもひとまわり大きい目だと思われる。
だとすると「瞼の上に入墨をした」というのは成り立たないだろう。目の周囲に入墨をした、ということだろうか?

とにかく、すくなくとも『晋令』の書かれた春秋時代には、すでに黥は一刑罰形態となっていたようだ。目の形をした入墨の起源が中国にありそうだということはなんとなくはっきりしてきたかな。
でもさ、春秋時代すでに刑罰として行われた黥が、弥生時代の「神代」日本ではそうではない? この点が依然として疑問に残る。

と、ぼくのリサーチはここで止まっていて、先に進まないままノートもコピーも放置されていた。数年前のノートをひさしぶりに目を通してみて、ふいに思いついたことがあった。おっと、謎が解けるかも?

このお話は次回に続く。

『日本古典文学大系1・古事記』倉野憲司・武田祐吉 校注日本古典文学大系1・古事記
倉野憲司・武田祐吉 校注

463ページ
岩波書店
1958-06
ASIN: 400060001X
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『新訂 字統』白川静 新訂 字統
白川静

大型本: 1107ページ
平凡社
2004-12-16
ASIN: 4582128068
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2006年10月19日

Mark Rothko

Mark Rothko : Untitled,1949
Untitled,1949

Mark Rothko : Blue, yellow, green on red,1954
Blue, yellow, green on red,1954

Mark Rothko : Red, white on brown,1957
Red, white on brown,1957

Mark Rothko : Untitled,1957
Untitled,1957

Mark Rothko : Green on violette,1961
Green on violette,1961

マーク・ロスコ(1903 - 1970)の絵には崇高さがある。だけど、不思議と宗教的ではない。神のような遠くにある峻厳な崇高さではなく、ロマン主義者の発見した激情の崇高さでもなく、誰の心にも常に在る感情の崇高さがここにはある。

 嬉しい。
 楽しい。
 悲しい。
 痛い。
 さびしい。

ロスコの絵は感情の崇高さを呼びさます。ここに在る崇高さが、ぼくらの〈独立〉を担保するのではないか。
 
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2006年10月18日

新しい学を!

もしも、あの朝、そこに爆弾が落とされなければ、まだ幼い娘たちの柔らかい皮膚と肉は切り裂かれもせず、骨も砕けず、傷口からおびただしい血が流れ出ることもなかった。そう、流れ出なかったならば、彼女たちの体の内を血液は一瞬一瞬、一刻一刻、さらに巡り続け、あらゆる体液は分泌し続けただろう。飲む水やお茶や果汁などの水分を摂り、食べる野菜や肉や魚からもその成分中の水分を摂り、それが血液をはじめ体液の糧ともなり、生命の恒常性(ホメオスタシス)を保つ新陳代謝が繰り返されただろう。
そして幼女は、少女へ、乙女へ、女へと成長し、初潮も訪れ、月経の周期を幾たびも経て、いつか結ばれて性愛の時が至り、新しい生命を宿せば子宮に羊水をたたえただろう。そして出産のとき、破水して羊水が流れ出すとともに新しい生命をこの世に送り出しただろう。
人間の体液の循環、水分の摂取・吸収・排出という新陳代謝の繰り返し、次の世代への継承とつながり。人の生は体液と水とともにあると言っていいかもしれない。その巡りを、つながりを、爆弾やミサイルで断たれて失われるものの大きさを考えてみる。その失われるものを「ネセサリー・コスト」や「付随的被害」と呼ぶことは、やはり歪んでいるとしか思えない。
そうだ、この怒りは正しい。正当だ。ぼくもその怒りを共有する。ぼくはあなたのように戦場で死線を越えたことはない。だけど〈ここ〉で共有している。
しかし、何かが違う。この違和感・・・

「ネセサリー・コスト(necessary cost)」とは、直訳すれば「必要経費」もしくは「やむをえない犠牲」だ。戦争において、民間人の犠牲がゼロになることはありえない。戦争における民間人の犠牲のことを、イラク戦争に従軍したアメリカ兵は、こう表現したという。

政府文書内にも同様の表現はあるかもしれない。もう少しわかりにくい表現で「付随的被害(collateral damage)」という同じ意味の言葉がある。
得るべき国益を量り、リスクを分析し、戦争を企画する者たちにとって、それは「コスト」なのだ。

死者とコストは、おなじ現実(リアル)のふたつの〈相〉だ。このふたつの〈相〉が引き裂かれてしまっている。これは、社会(世界)の複雑さ、価値観の変化、高度化したテクノロジーや富の不均衡によってもたらされている。
ふたつの〈相〉をひとつのリアルに統合するのに必要なのは、絶対に情念ではない。構想力に支えられた知でしかありえない。

新しい学を!

『反空爆の思想』吉田敏浩反空爆の思想
吉田敏浩

単行本: 308ページ サイズ (cm): 19 x 13
日本放送出版協会
2006-08
ASIN: 4140910658
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ラベル:戦争 読書
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incidents 05

ともちゃんが撮りました。

バー・B。

何故あんな夜更けにヤツとそこに居たのか、何を話し込んでいたのか、まったく記憶にない。
客はぼくたちだけで、ぼくたちはたしかボルスのジントニックを飲んでいた(あの頃は飲み疲れるとこれを飲んでいた)。

大きな窓からは隣のビルの灯り、天窓には真暗な空。

この店の女性オーナーがDJをしていて、ユルイ曲をつないでゆく。と、ヴァンゲリスの「ブレードランナー・愛のテーマ」が流れはじめる。ぼくたちは話すのをやめて聴き入る。
甘いメロディー。スクラッチ・ノイズ。夜の音楽。

+ + +

カフェ・M。

雑居ビルの狭い階段を昇ると、右手にガラス張りのカフェがあった。
ドアを開けるとすぐ正面にメニュー・カウンターがあり、オーストラリアに憧れる優しい顔をした店主がいる。大きな黒板にメニューが書いてあって、頻繁に新しいメニューが加わる。
イギリス人、フランス人、中国人、アメリカ人、ヒスパニック、ブラック・アフリカン・・・ この店は外国人のたまり場になっていて独特の無国籍感があった。

実はベーグルが美味しかったらしい。何十回も行ったはずなのに、ぼくは食べたことがない。ぼくはここのオムレツが好物だったからだ。

+ + +

旗亭・T。

川岸に建てられた古い問屋を改築した飲み屋で、窓際の席からはいつも夜の川を眺めることができる。窓を開ければ夜風が吹き込んできて、気持ちよく飲める。

この日は大雨で、ひとりで飲んでいた。荒れ狂う川面。瓦を叩く雨の音が店の内に染み入ってくる。
ぼくは日本酒を手酌で飲んでいた。こんな雨の日に飲みに来るヤツなんて粋狂だ、と自嘲気味に考えていた。ふいに日本酒がまわってくる。水の中で水を飲む。魚になったような感覚。

槐の葉を練りこんだという麺を食べて目が覚める。

+ + +

バー・G。

重く赤錆びたドアを開ける。暗闇の向こうからひそやかな話し声と、ジャズが響いてくる。店内にはほとんど灯りがなく、気をつけないとつまづいてしまうほどだ。石を積み上げたような、まるで洞窟のような内装。

この店にも一つだけ窓があった。縦に細長い、「すき間」といったほうがいいような窓。差し込む夜灯りは弱々しく寂しい。
ぼくはいつも、ギネスを飲みながらこの灯りに目を凝らすことになる。

+ + +

喫茶店・M。

マイルスの有名な曲名を冠した店。ここには古いBMWとジャズと若い女の子が大好きなオーナーがいる。
朝10時に開店すると同時に、ぼくはカウンターのいつもの席に座る。オーナーの気分がいいときは、ぼくのリクエストでレコードをかけてくれた。

食事は不味い(スパゲッティなんてサイアクだ)。コーヒーはまあまあ。でもメロン・クリーム・ソーダはとても美味しい。懐かしい味がする。

店の隅には古いアップライトピアノがある。ときどきオーナーの姪が弾いてくれる。最初の曲はきまって「Tea For Two」。
 
ラベル:incidents
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2006年10月17日

高山博・池上俊一編『西洋中世学入門』

『西洋中世学入門』(高山博・池上俊一編)を読了。これは「西洋中世史」の教科書ではない。「西洋中世学」の教科書。

どんなふうに違うのかというと、目次を見るとよくわかるんじゃないだろうか。

序 論 西洋中世学の世界

第一部 西洋中世研究に必要な技術と知識
 第1章 古書体学・古書冊学
 第2章 文書形式学
 第3章 碑文学
 第4章 暦学
 第5章 度量学
 第6章 古銭学
 第7章 印章学・紋章学
 第8章 固有名詞学
 第9章 歴史図像学
 第10章 中世考古学

第二部 西洋中世社会を読み解くための史料
 第11章 統治・行政文書
 第12章 法典・法集成
 第13章 叙述史料
 第14章 私文書
 第15章 教会文書

アペンディクス
第一部
 1 研究入門/2 学術専門誌/3 文書館・図書館/4 辞書・事典類
第二部
 1 暦/2 度量衡・貨幣/3 人名対照表/4 地名対照表
なぜこのような補助学の教科書が書かれねばならなかったか。序論にはこうある。

中世ヨーロッパ研究に関して、日本にくらべてはるかに長い伝統を有する欧米においては、ラテン語原史料を読み解くための基礎的技術・情報が学会の共有財産となっており、大学・大学院教育で体系的に教えられている。また、そのようなノウハウに関わる研究の蓄積も厚く、研究者の数も多い。わが国の場合は、こうした基礎的技術・知識に携わる研究者がほとんどいないというだけでなく、ラテン語原史料を読み解くために不可欠な古書体学や暦学などの歴史補助学の成果も、体系的に整理されていない。これまで、日本のいるかぎりこのような技術・知識を習得するのは極めて困難であった、と言わざるをえない。
理論ではなく、そこに行き着くまでの学、実践としての学。
この本は各分野の要約だけでなく最新の成果も簡単に紹介されていて、ぼくみたいな西洋中世史を専門に学ばなかった人間にも面白く読める。さらに豊富な資料(アペンディクス)がついていてありがたい。度量衡の比較対照表や聖人祝日一覧、文献一覧などはかなり有益。古典文学を読んでいると、実は度量衡の解説が不親切だったりする。これだけコンパクトで「使える」度量衡対照表はこれまでなかったんじゃないか。

ネットをつうじて原史料にあたることが、比較的簡単に出来るようになってきた。
これまでの日本での西洋中世史は、原史料に触れることが困難だったため、どちらかといえば本場での学説紹介という側面が多かった。ようやく日本でも本格的な西欧中世史研究が展開されるようになりつつある。たとえば佐藤彰一の『修道院と農民』のような労作も生まれているわけで、これからがずいぶん楽しみな分野だったりする。こんな教科書で勉強したかった。

『西洋中世学入門』高山博・池上俊一(編)西洋中世学入門
高山博・池上俊一(編)

単行本: 395ページ サイズ (cm): 21 x 15
東京大学出版会
2005-12
ASIN: 4130220195
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『修道院と農民―会計文書から見た中世形成期ロワール地方』佐藤彰一修道院と農民―会計文書から見た中世形成期ロワール地方
佐藤彰一

単行本: 775ページ
名古屋大学出版会
1997-02
ASIN: 4815803110
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鉛筆奇談

Great Comet of 1532
Great Comet of 1532

ずいぶん間が空いてしまったけれども、足穂の鉛筆の続き。

日本文具資料館に電話をかけてみた(3ヶ月も前だけど)。担当の方が数日かけて調べてくださったが、当該の資料が見つからないということだった。どうもここには三菱鉛筆に月星マークはないらしい。となると、タモリ倶楽部に出た鉛筆は何だったんだろうか。映像を見ないことにはよくわからないなあ。お持ちの方、コピーを見せていただけないでしょうか?

足穂の鉛筆はいったい何か。いまだ正体不明な「月星鉛筆」か。
とか考えていたら、たまたま立ち寄った古本屋で見かけた中公文庫ヴィジュアル版『文房具の研究―万年筆と鉛筆』にヒントを発見。「月星」マークの鉛筆ってのはステッドラー社の製品だったのかもしれないぞ。

現在、「マルス」マークの鉛筆で有名なステッドラー社(J.S.Staedtler)は、ムーン、ルナ、マルス、ノリスとブランドを作ってきた。最も有名なマルス・ブランドは1901年にはじまる。それ以前、最も売れていたのがムーン・ブランドだった。

『文房具の研究―万年筆と鉛筆』には、ステッドラー・ムーン・ブランドの写真が載っているんだけれども、ずいぶん小さい写真なのでよくわからない。1ダースの鉛筆に紙帯を巻いてある。この紙帯に「J.S.Staedtler」と印刷されている。マークも印刷されているようだけど、図柄まではよくわからない。
おそらくムーン・ブランドは、1901年以降もマルス・ブランドと平行して製造販売されていたはずだ。ムーン・ブランドがいつまで販売されていたかはよくわからない。

この本に掲載された写真は京都の文適堂という老舗の事務用品屋さんに併設された文具資料館に所蔵されていたものだった。しかし、文適堂は2001年に倒産、文具資料館も閉鎖したらしい。ひょっとすると、貴重な資料群は散逸してしまったかもしれない。ここにも手がかりはない。ステッドラーの社史とかあればいんだけど。

YahooオークションやeBayのようなオークションサイトをまめに見ているんだけれども、ステッドラーの紙帯ムーン・ブランドは出品されない。日本のどこかにあるとは思うんだけれどもなあ。ご存知の方、いませんか?

+ + +

では、足穂とステッドラー社の接点はあるのか?
昭和4年(1929年)に発表された「鉛筆奇談」という短編を紹介したい。ごく短いテキストなので全文引用する。

   鉛筆奇談

 「スールレアリスムってのかね」とAが云った「Ueda Toshio君などしっかりしていると思うし、その詩を読んでみると、何か気持ちがよくなるところもあるが、僕にはまあそれくらいでまだよくわからないが」
 「君は何でも」と両手で四角をこしらえながら云った「こんなワクに入っているようなものでないといけないんだから紫の王さまとか何とかいうものを好まないんだろう。俺もそうらしいんだ。たとえばこんな事ならまだわかるがね――僕がちいさかった頃お母さんに連れられて外国から来たサーカスを見に行ったことがあるが、その大きな傘形のテントの上にまんなかから赤いコッピー鉛筆が立っていたのだ、これは」
 「エンピツならこんな話があるよ」とAが云った――
 「僕の部屋は一方がガラスで磨ガラスはその三分の二を占めているから、反対の壁ぎわに寝ていると、三分の一の白いガラスのところから空がほそ長くよく見渡されるのだ。
 君、お月さまって左向きと右向きとは随分ちがうね、この間あれに目鼻がついてあるわけがはじめてわかったよ。普段見る三日月というのは左向きだが、月も明方のやつ即ち右向きになるとね、左向きとはちがった谷や影のせいだろう、弓のうち側のところがギクシャクしてほんとうに横を向いた顔に見えるから妙だよ。宵の月なんか見ている奴は野暮で、あの男か女か子供かおじいさんかわからぬようなお月さまの横顔を見た西洋人は、たぶんドイツ人でそして明方に寝るような何かそんなしゃれた職業の男であったと思えるんだが、それでね、その明方ふと僕が眼をさましたとき紫いろのなかに、そんな橙色をした二十日過ぎのやつがひっかかっていたのだが、正しく目鼻がある。気のせいかと思ってメガネをとってみたが、どうしても横を向いた顔にちがいない。それっ切りで僕はまたウトウトしてしまったがね、この間にちょっとした夢を見たんだ。
 ――何でもちいさなエレベータでのぼって行ったところにある灯のついた帽子屋で山高帽を買ったが、通りに出てみると、それは以前に持っていた緑色のバタースビイ製の中折なんだ。それで再び帽子屋に引き反したがね、今度は僕のまえに山高の箱が次から次へならべられた。たしかその三番目であったと思う、僕は円筒形の箱のふたに大きくかいてある字をよんだ「ラリー将軍珍戦型」
 しめたと思ったよ。
 「え、これは最も最新なものでして手まえ共には一つしか参っていません」と番頭さんが云う「それでそのお値段でございますが、じつはNakamura氏ともよく相談したのですが、あなたの事だから二十円でよいとのことでございます」
 その僕が知っているらしい支配人が何かMuraoさんであるような気がしたがね、そう云えば番頭さんもNarasakiさんのようでもあったよ。ともかくラリー型は僕のものになったさ・・・
 こうして眼をさましたら、さきほどの月はそれは横にした僕の顔を少し上へねじるくらいのところに見えたのだが、今度は少し又反対の方へねじらねければならぬくらいのところまで移っていた。空はもう水色になって月は白かった。ハハンこれやこの月のうごいた何分の一弧の夢というんだな、と思いながら僕は見たがね、やっぱり横を向いた人の顔だ」
 ――そう云ってAは指でもって短い弧をえがきながらつけ足した。
 「云い忘れたが月のうごいたこのカーヴのまんなかにね、煙突があるのだ。しゃくれ顔だけの先生は僕の夢の間にここをすれすれに越えたわけであったが、この煙突がよく見ると六角の棒さ――、まがう方ない大きなStaedtler's Pencilであった」
『文房具の研究―万年筆と鉛筆』中公文庫編集部編文房具の研究―万年筆と鉛筆
中公文庫編集部編

文庫: 158ページ サイズ (cm): 15 x 11
中央公論社
1996-01
ASIN: 4122025257
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『星の都』稲垣足穂星の都
稲垣足穂

単行本: 319ページ サイズ (cm): 21 x 15
マガジンハウス
1991-05
ASIN: 4838702507
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ラベル:稲垣足穂 鉛筆
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2006年10月15日

国立博物館でフック船長の宝箱を探す。

電車にて。

国立博物館にて。

太宰府にお弁当を持って遊びに行くことにした。
九州国立博物館では「海の神々―捧げられた宝物―」展が始まっているし、太宰府天満宮の境内では骨董市も開かれる。あゆむさんには嬉しいことに、だざいふ遊園地は創立記念日とかで入園料が無料。これはもう行くしかあるまい。

いそいそと国立博物館へ。午前中に行ったので、思ったよりお客さんも少なく、比較的じっくり見ることができた。あゆむさんは最近ピーターパンがお気に入りなので、事前に「フック船長の宝物を見に行こう」と言っておいた。あゆむさんは「フック船長の宝箱」をパンフレット片手に一生懸命に探す。さすがに、長門一宮住吉神社の「朝鮮鐘」側面の天女のレリーフは、ウェンディと思えなかったみたいだけど。

興味を上手に引き出してあげると、あゆむさんは彼なりの楽しい説明を考え出してくれる。
たとえば平家納経のレプリカはあゆむさんにとって「孫悟空の宝物」(要するに、お釈迦様からもらったお経)だ。絵巻物のなかには馬を引いている「王様」がいるし、大きな三彩の皿は玉ねぎをいっぱい入れるためのものだ。(伎楽面はちょっとこわいらしい。)
あゆむさんは、自分がすでに持っている知識で古美術を解釈して、ぼくたちにお話してくれる。すばらしいことだ。

最後に置かれた難船絵馬に心魅かれる。ぼくらにとって信仰とはなんなんだろうか。「困ったときの神頼み」は、なんと深いことなのか。

水上コースターでドキドキする。

水上コースターに絆が深まる。  何故そんなにやる気がない・・・  メリーゴーランドのあゆむさん。

よく博物館でお勉強してくれたので、ごほうびにだざいふ遊園地でお弁当を食べて遊ぶことにする。さすがに入園料無料だけあって、とんでもない人の多さ。正直「しゃばい」アトラクションだけど30分ほど並んだりするものも。
それにしても、昔は恐がっていたメリーゴーランドにもあゆむさんひとりで乗れるようになったのは成長の証か。

お魚の豆皿がかわいい。  かなりプリチィな唯我独尊像のヒップ。  あやうく買わされそうになった田の神さぁ。

ひとしきり遊ばせた後、骨董市へ。15時くらいになると閉め始めるお店もあるので、急ぎ足で見て回る。

伊万里の蕎麦猪口のいくつか良いものを見つける。ほとんどは幕末を下らないが、こなれかたが江戸中期くらいに見えるものもある。
焼きは甘いし造りも雑だけれども、味のある亀の水注。安南かタイのモノか。よく判別できないが、これは欲しかった。ほかに、ほとんど崩れかけた、懐中に入るほどの布袋さんの楽焼像も見つけた。さすがに良い値段がついていて手が出ない。たぶん江戸中頃のもの。

石造りと木造の田の神さぁを2体見かけたけれども、木造は九州では珍しい。滋賀のものだという。木像の田の神が琵琶湖周辺で一般的なのかどうか知らないが、やはりその像も後姿は男根の姿だった。ズイキ祭りのある土地柄だし、なるほどとひとりで納得したり。(どちらもそれほど古いものじゃない。時代は、せいぜい戦前まで遡れば良いくらいじゃないだろうか。)

なんか可愛い小銭入れ。

蜂蜜アイスクリームを食べたりしながら、のんびり家路につく。今日もお腹いっぱいないちにちでした。
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2006年10月14日

mixiなんて入るもんじゃない。

mixi

ライブドア亡き後(倒産したわけではないけど)、IT業界でなにかと話題なのはやっぱりmixiでございます。SNSの旗手として女性を中心に圧倒的な支持を得て、それに釣られた男性たちもユーザにしてしまった、登録会員数のべ570万人を数える日本最大のポータルサイトのひとつ。
ぼくはお誘いを受けているものの、登録はしていない。理由をそれぞれに伝えているものの、いまいち理解していただけないのは残念なことだ。

マザーズに昨年9月に上場して、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのmixiなんだけれども、最近いろいろと問題も発覚していたりする。この点、mixiユーザは気づいていても目をつぶっているひとが多い気がする(局所的な印象かもしれないが)。

先日2ちゃんねるを中心に起こった大規模な「祭り」は、Share(P2Pソフトの一種)から流出したワイセツ画像の主とその撮影者がmixi内で特定されてしまったというもの。本名、出身大学、現所在地、職業までばれてしまった。挙句のはてには、2ちゃんねるやmixi以外の掲示板群にも投稿されたり、アップローダを使って流出データの交換が無差別に行われたりとエスカレートしてしまった。

2ちゃんねるユーザがもともと抱いているmixiへの反感が、事件をエスカレートさせた面はあるが、mixi側の対応もまずかった。
事件に呼応して2ちゃんねるユーザが大量にmixiに入会、ネカマとして、もともとのmixi男性ユーザを大量に「釣る」という行為を行った。「安心感」をモットーにしていたmixiが急速に出会い系化していったわけだ。mixi側はフリーアカウントによる登録者を大量に削除したらしく、それもまた2ちゃんねらーの怒りを買った。現在も2ちゃんねらーの工作は続いているようだ。

この事件に限らず、mixiでは顕在化しないまでも問題は多かった。
アトピー患者を盗撮し差別的な発言を掲載したユーザもいたし、外部の出会い系サイトへの誘導を目的としたネカマ・ユーザもいた。ネットワークビジネスの温床との指摘もある。

運営側は「mixiについて」でこう書いている。

mixi では、健全で安心感のある居心地の良いコミュニティを醸成して行きたいという想いから、招待なしでの新規登録は、行えない仕組みになっております。
要するに、「友だちの友だちは、みな友だちだ」的な発想で作られたサイトがmixiだ。(よく考えたらまったく根拠なんてないけれども、)だから安心して利用できると考えるし、個を特定できる情報を抵抗なく公開する。
しかしよく考えて欲しい。mixiの「招待状」なんてネット上で売ることだって可能なのだ。mixiのシステムは構造上はネットに対して閉鎖的といえるが、500万人以上のユーザがいるネットワークがはたして閉鎖的でありうるのか。

そもそもインターネットは「匿名性」がその特徴だ。最初は3人だったコミュニティが1年経ったら数百万人のコミュニティに成長することはありうる。哲学的な性善説か性悪説かなんていう論争とは関係なく、匿名の大衆には性悪説で接するべきだ。これがネットの現実だ。

だから、ぼくに言わせれば、mixiのシステムに「安心」を感じるのは錯覚だし、ましてや「安心」と「安全」を取り違えるのは論外だ。mixiが成功したのは、ネットの急激な普及に伴って、リテラシーの低いユーザが増えた証拠のように思える。いまだに数百万のユーザを抱えるmixiは、ネット社会の未成熟さの証しに思える。
 
posted by Dr.DubWise at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | cahier | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いろいろな書体について。

漢字には五体といわれる書体がある。すなわち、篆書・隷書・草書・行書・楷書である。
アルファベットについてはどうか。実はローマ帝国の時代から書体はある。誰もが知っている「ゴシック」体は、もともと活版印刷のフォントデザイン名ではない。中世ヨーロッパ古文書の同定について、古書体に関する知識は不可欠である。が、あまり日本では知られていないようだ。これはもったいない。

というわけで、ちょいとまとめてみよう。

Georgicon Vergilius,IIth c.
"Georgicon" Vergilius,IIth c.

ウェルギリウス『農耕詩』の写本。カピターリス体といわれる書体で書かれている。
カピターリス体はローマ帝国の標準書体として、公文書等に使われた。もともとは碑文用書体から派生したものなので、モニュメンタルな印象がする。パピルスや獣皮紙に書かれた。

この画像を見てもわかるけれども、当時のテキストは単語と単語の間にスペースを空けていない。また句読点(コンマやピリオド)も使用されていない。
このような書き方はローマ帝国期碑文の慣習に起源している。カロリング朝まで多く見られ、12世紀になってもまだ散見される。

Historia Romana Titus Livius,IV-Vth c.
"Historia Romana" Titus Livius,IV-Vth c.

リウィウス『ローマ建国史』の写本。ウンキアーリス体で書かれている。
4世紀頃の北アフリカでキリスト教徒たちが用いた書体である。もともとは異教徒の著作と区別するために使われた。したがって、キリスト教著作や聖書に多く見られる。一見、アルファベットに見えない。

In Constantium Imperatorem Hylarius,before 510
"In Constantium Imperatorem" Hylarius,before 510

5世紀のローマ教皇ヒラルスによる教説の写本。半ウンキアーリス体で書かれている。
ウンキアーリス体からはさまざまな書体が生まれるが、とくにローマのキリスト教徒を中心にいくつかの書体が創造された。半ウンキアーリス体は4罫線の書物小文字体である。

Praedicationes VIII-IXth c.
"Praedicationes" VIII-IXth c.

その後ローマ帝国が崩壊し、ゲルマン諸族がヨーロッパ各地に割拠すると、それぞれの国でさまざまな書体が考案された。が、そのほとんどは、小国の運命とともに漸時消滅していった。
カロリング朝がヨーロッパを統一すると、公式書体が必要となった。カール大帝がトゥールのサン・マルタン修道院に命じ創造したのが、このカロリング小文字体である。カロリング小文字体が、その後のカロリング・ルネサンスを支えることになった。

Psalmus 79 VIIIth c.
"Psalmus 79" VIIIth c.

「詩篇79番」の8世紀の写本。島嶼書体(インスアーリス体)で書かれている。
ローマ帝国崩壊後、大きく2系統の書体に分かれた。すなわち、上述のカロリング小文字体。これはメロヴィング=フランク系統である。もうひとつは島嶼書体。こちらはアイルランド=アングロ・サクソン系統である。

島嶼書体は非常に装飾性が強い。これがアイスランドに伝わり、ケルト文書といわれる華麗なキリスト教写本となった。同時に大陸にも波及し、マインツ司教座などでもよく使われ、独自に発展していく。

Statuta synodalia Pragensia 1349
"Statuta synodalia Pragensia" 1349

フランク王国が分裂した後、その混乱からテキスト生産量が一時的に低下する。しかし11世紀にはその状況を脱し、12世紀には文書行政が浸透したために新たな書体が創造された。

当時は、建築様式がロマネスクからゴシックへ移行する時期。書体は丸みを失い、垂直性が強調され、垂直線が強調される。この書体は、それまで文字を独占していた文書局を中心とした国家行政や教会権力だけではなく、自治都市の参事や大商人たちにも使用されるようになり、いわゆるゴシック草書体も普及する。

また直線で構成されたゴシック体は、活版印刷にもっとも適した書体であったことも重要だ。

De claris oratoribus Cicero,1461
"De claris oratoribus" Cicero,1461

ルネサンス期になると、カロリング小文字体をもとに人文主義小文字体(フマスティカ)が生まれる。ペトラルカの創案によるこのデザインは、人文主義者たちの古代への憧憬をよくあらわしている。

ペトラルカがカロリング小文字体を古代書体と誤解したことから、このフマスティカが生まれたわけだけれども、見れば見るほど端正で美しい文字だ。
 
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2006年10月09日

中国のモナ・リザ

福岡アジア美術館で開催されている「現代中国の美術展」を観に行く。
中国現代美術をこれだけの密度で見ることもなかなかないかも。ただ、ここに出展されているのは中国第10回全国美術展(ようするに「官展」)の受賞作品ばかりなので、その点はちょっと気にとめておかなくてはならない。

実際、取り上げられているモチーフは、農民、労働者、ロケット(神舟5号)、軍人や軍服・兵器、SARSと看護士たちなど。それに驚くべきリアリズム。ものすごい技術に裏打ちされた、ある意味、中国雑技団的な作品の数々。

つまり、これはあくまで国家内部の芸術だということ。
中国にもたとえば蔡国強のようなアーティストはいる。彼はすでに国家を俯瞰した創作を行っていて、そういう人たちだけが西側(この単語がまだ有効かわからないけれども)で紹介されている。メディアってのはそういうもんだ。だからこそ、こういう国家内部の芸術を紹介するイベントがおもしろいわけだ。

なぜ中国公認芸術ってこれほどスーパーリアリズムが称揚されているのか。その辺を分析するのもおもしろいかもしれない。
たとえば、蔡国強の中国での評価はどんなもんなんだろう。彼の「爆破」インスタレーションは、スーパーリアリズムとどこかで通底しているように思える。これって気のせいだろうか。
スーパーリアリズムは、彼ら(官展芸術家)の明かされない内面でどのように機能し、隠されたどんなメッセージを発しているのか。

とか、考えてみていると、実に元ネタのわかりやすい絵がある。たとえばヒエロニムス・ボシュの『快楽の園』、ピカソの『海岸を走る女たち』のような素朴な人体造形、ミュシャのアールヌーボーな装飾、ボッティチェルリの『春』のような画面構成などなど。官展芸術家たちは、なぜこんなにわかりやすく元ネタを仕込んだんだろうか。

ま、この絵を観よう。よく観よう。
実に素晴らしい絵だ。スーパーリアリズムの極致。髪の一本一本まで超絶技巧で細密に描かれている。白い皮膚の下にうっすら浮かび上がった静脈。

冷軍『モナ・リザ−微笑のデザイン』
冷軍『モナ・リザ−微笑のデザイン』

PS:伝統的な技法と現代的な構図で描かれた中国画の数々も素敵。10月29日まで福岡アジア美術館で開かれています。
 
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2006年10月06日

incidents 004

雨に濡れている。

繰り返し見る夢。

子どもの頃から、たぶん小学生の頃から繰り返し見る夢がある。大人になっても、いまだに1年に1度か2度見る。どういう意味があるんだろうか。

荒涼とした砂漠のような土地。
見渡すかぎりの地平線のなかに高さ15mほどの発射台のような施設があり、ロケットらしき物体が据えられている。発射台の周囲は何故か水に濡れてびちゃびちゃになっていて、不潔な感じがする。遠巻きに数十人の人たちが集まって、発射を見守っている。みな紙袋に入ったポップコーンを手にしているのがおかしい。

ぼくは宇宙服のような銀色のユニフォームを着せられ、ヘルメットをかぶせられる。周囲の人々がぼくを拍手で迎えてくれる。このとき見知らぬ女の子も同行することになる。髪は長くゆるくウェーブがかかっている。どこかで会ったことがあるんじゃないかと考えるが、どうしても思い出せない。

発射の時間になり、カウントダウンが始まる。「ゼロ」という声と同時に、ぼくは緊張しながら操縦桿を「押す」。するとロケットは地面にものすごいい勢いでもぐり始める。すさまじいスピードで地球の中心へ向けて落下していく。ロケットの周囲に渦巻くマグマが窓越しに見えて、恐怖する。

+ + +

昨日見た夢。

ゴシック様式の巨大な聖堂の前にいる。天を刺す無数の尖塔。なぜかこの聖堂だけはセピア色に見える。
何段か石段を上ると巨大な門扉がある。マホガニだろうか、黒光りする年季の入った板に無数の彫刻が彫られている。地獄の門だ。ロダンよりも形式的で細密なレリーフ。

門扉には大きな錠がかけられているが、神父が厳かに鍵を開けてくれる。
内部は広く暗く内陣にステンドグラスもない。複雑な(網目のような)オジーヴが印象的である。どんな構造でこの建物は成り立っているんだろうか、と思う。

椅子が並んでいるが、誰もいない。いつのまにか神父もいなくなっている。どこからか香の匂いがする。見上げると頭上に何故か、長い鎖に吊り下げられた銀の香炉が揺れている。
ああ、P先生がミサを行われるのだなと思い、椅子に座って待つことにする。
 
ラベル: incidents
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2006年10月05日

メソポタミアの美味しいもの。

ここはどこでしょう?

(1)[  ]または「小鳥」の[  ]を用意するためには、(2)お前はまず頭と頸部と足を外し、(3)腹を開き、砂肝と臓物を引き出す。砂肝は切れ目を入れてから皮をむく。(5)それから鳥を洗い、内臓を細かく刻む。お前は予めよく磨いておいた銅鍋の中に(6)鳥、砂肝、腸を入れる。銅鍋を火から下ろしたら、(7)中身をたっぷりの冷水で洗う[  ]。銅張り大鍋の中に(8)お前は水と乳を注ぎ入れ火にかける(注:この部分の記述は書記の不注意のため錯綜している)。
(9)さてお前は鳥、砂肝、腸を丁寧にぬぐい、(10)塩をふり、全てを銅張り大鍋のなかで合わせる。(11)筋を除いた脂身を一片加え、同様に(12)たっぷりの「香木(=香草束)」と(13)ヘンルーダ(芸香)の葉を加える。
煮立ったら(14)お前は玉葱を少々、サミドゥ、(15)玉葱と共に叩き潰したポロネギとにんにくを加える。そこに(16)澄んだ水を少々加える。それからサスク粉のごみをとり、乳のなかに浸す。(17)湿り気が出てきたら塩漬け液シック(siqqu)を加えて練り、柔らかさを保つよう注意しながらサミドゥ、ポロネギ、にんにく、(18)乳そして銅張り大鍋の脂を混ぜ込む。(19)生地はよく様子を見ながら練る。
お前はこの練り生地を均等に二つに分ける。(20)一方は銅張り大鍋のなかで寝かせ膨張(?)させる。(21)他方は一つ2(?)グラムの(小さな)パン・セベトゥ(sebetu)としてかまどで焼き、(22)焼き上がったら(かまの内側から)剥がす。
お前は再び乳に浸し湿らせたサスク粉を練り、(23)脂(?)、ポロネギ、サミドゥを混ぜ込む。(24)これから調理する鳥を入れるのにちょうどよい大きさの皿を取りだし、(25)この練り生地を底に押しつけへりが皿の縁から数センチ(逐語訳では指四本分)出るように按配する
(26)ここでお前は(最初の練り生地を寝かせておいた)大型容器を取り出し、(27)〜(28)調理する鳥の全体を覆い隠すほどの大きな皿を、この生地を伸ばし入れるため選ぶ。(29)皿にミントを撒き、(30)「蓋」として(使うため)(31)最初に寝かせておいた生地を伸ばす。(32)ここでかまの上部を塞いでいた部分を取り除き、(33)〜(34)代りに2(枚の板?)を置き、その上に練り生地を入れた二つの皿を置く。(35)火が通ったら皿から(36)「蓋」として使う(パン)皮を剥がし、(37)それを油に通す。(38)食事のときまでこの(パン)皮をとりおく(「とりおかない」と書いてあるが、これは書記の誤記!)。
(39)鳥と煮込みスープに十分火が通ったら、(40)〜(41)皮をむきすり潰したポロネギ、にんにく、アンダフシュ(andabsu)を加える。
(42)食事の直前にお前は(パン)皮を敷いた盛りつけ皿を取りだし、(43)火が通った鳥をきれいに並べ、(44)〜(45)(煮込み)鍋にある細かく刻んだ内臓と砂肝を散らし、(46)かまで焼いておいた小さなパン・セベトゥも散らす。(47)銅張り大鍋のなかで肉を煮て脂身が溶けたスープは、別に取り置く。
(48)「蓋」用の(パン皮)を盛りつけ皿にかぶせ、(49)食卓に供する。
古代メソポタミアでどのような食事が供されていたのか。そのレシピなどはこれまで知られていなかった。神人同形観に基づく宗教が盛んだった古代メソポタミア諸都市では、毎日、膨大な量の食事が神々に捧げられていた。神々の食事から、当時の人々の食事もわかるはずだが、はっきりとした資料は残されていない。ただし牛や羊、山羊、豚の丸焼きはよく好まれたようだ(ちなみにこれは、古代イスラエルにおける「燔祭」とは異なる。燔祭は神に捧げるために犠牲を焼き尽くすが、メソポタミアの丸焼きはあくまで料理である)。

上に引用したレシピは「イエール大学タブレット」と呼ばれる粘土板に記されていたレシピの一部で、いまのことろ、メソポタミアの発掘文書中に同種のもの、まとまったヴォリュームがあるものはないようだ。ジャン・ボテロの解読によるもの。紀元前1600年頃のものだという。

注意すべき点は、
@レシピには、まだ同定できない語彙が複数ある。上のレシピはあくまで試訳である。
Aもともと料理人の覚書きとして書き残されたものであるから、書かれていないこともまた多い。例えば、上のレシピには塩や魚醤(メソポタミアでもおそらく使われていた!)などによる塩梅が記されていない。ハーブとしてヘンルーダが使用されているが、他にも使われていたかもしれない。
したがって、このレシピを元に実際に料理を復元する、というのはほとんど不可能なことだろう。

ただ、このレシピからも、3500年前にすでに料理という文化はかなり洗練されていたということがわかる。特にハーブ類の使用は、組み合わせやその量、ハーブの状態(生か乾燥させたものか、など)によって左右される、ごく繊細なものだ。たとえばメソポタミアではヘンルーダ、クミン、コリアンダー、ミントなどのハーブ類が頻繁に使われた。同定に不安があるものの、糸杉の球果(つまり松ぼっくり)や香木(ひょっとすると乳香)すら料理に使われていた。これらの組み合わせや使用法は、おそらく料理人の腕の見せ所(と同時に口伝の核心)であったはずだ。

料理は、下ごしらえ→調理→盛りつけの過程を経て供されるが、これはメソポタミアでも重要視されていた。たしかに上のレシピにもこのプロセスは反映されている。とくに盛りつけの指示まで添えられているのは特筆に価する。このレシピの2200年後に書かれた中国の『斉民要術』という料理書にも盛りつけの指示はない。

飲み物は、よく知られているようにビールが主流であった。大麦をはじめものすごい量の穀物が都市に集積した。この穀物を使ってビールは大量に生産されていた。
遅れて北方の「山岳地」(アルメニア、トルコ、シリアなど)からワインがもたらされた。後に、南方の諸都市(アッシリアなど)でもブドウの栽培が始まり、ワインの生産も開始する。

ビールはエジプトへ、ワインはギリシア・ローマへ伝播していったと考えられる。これも確証はないが粘土板資料には、ハチミツをワインに混ぜた記録もあるようだ。これも古代ギリシアやローマでよく知られる供され方である。

実は、ぼくは西周期古代中国の料理がどんなものだったか興味がある。さすがにこの時期のレシピなんてものはない。せいぜい、西周期の金文資料や、春秋時代以降の諸家のテキスト(たとえばいちばん参考になりそうなのは『儀礼』ではないかと考えている)から断片的な情報を集めていくしかない。メソポタミアとの味覚の編成の違いがどんなものだったか知りたい。

ジャン・ボテロはメソポタミア学の碩学として知られる。日本で紹介され始めたのはここ10年ほどだけど、ぼくは邦訳されたものはほとんど読んでいると思う。すごいじっちゃんだ。

『最古の料理』ジャン・ボテロ Jean Bottero最古の料理
ジャン・ボテロ Jean Bottero
松島英子(訳)

単行本: 243ページ サイズ (cm): 19 x 13
法政大学出版局
りぶらりあ叢書
2003-12
ASIN: 4588022180
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2006年10月04日

それでもミハルコフを愛している。

蓮實重彦(1936年 - )
蓮實重彦(1936年 - )

 蓮實先生は父の映画の好みを熟知された上でお話なさっているようで、この対談を、単なる映画作品の誉め合い、けなし合い、或いは崇高な芸術論にしないために、常にとてもわかり易く、そしてちょっと悪戯っぽくそれぞれの話題に入られています。私が最も面白いと思ったのはニキータ・ミハルコフに関するやり取り。父がミハルコフのファンであることを知っている私には、いきなり「ミハルコフは初めからどうも嫌いなんです。」と蓮實先生に言われた時の父の苦笑する顔が目に浮かぶようです。本当はミハルコフがとっても好きなはずの父が、「僕は割合に好きな方なんです。」と、初めからやや弱気。そして自分がなぜ好きかを必死に語っても蓮實先生は全く動じない。それどころかミハルコフが『ヴァーリャ!』のことを「女性に対する謝罪の映画だ。」と言ったことに対し「彼はようするに女たらしなんじゃないでしょうか。自分でやったわるさを自分で処理するという・・・」とまで言ってしまう。ますますトーン・ダウンしていく父。なんとか最終ラウンドまで闘ってはいますが、完全に父の判定負けです。
『シネマの快楽』をなめるように読んでいる。すでに読了したんだけれども、どうしても自分の身近から離すことができないでいる。折々にパラパラと目を通すような感じ。

武満徹の娘、武満眞樹によるあとがきもおもしろい。武満徹はミハルコフが好きだったのか! どうりでミハルコフの『ヴァーリャ!』をめぐる二人の対談は妙な緊張感があるわけか。

映画と映画史への愛に満ちた対談。そりゃあ蓮實先生も武満先生も、独断と偏見の塊りかもしれないけれども、愛に裏打ちされているからこんなにも楽しい。

武満徹(1930年 - 1996年)
武満徹(1930年 - 1996年)

『シネマの快楽』蓮實重彦・武満徹シネマの快楽
蓮實重彦・武満徹

文庫: 301ページ サイズ (cm): 15 x 11
河出書房新社
2001-05
ASIN: 4309474152
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蓮實重彦公式サイト
 
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宇宙論的飛翔の刺激

『ノスタルジア』アンドレイ・タルコフスキー

蓮實 この映画で、タルコフスキーは、知性と感性といったものを分けて考えることがばかばかしいような映画づくりの地点に初めて到達したんじゃないかという気がします。空間性と時間性に関して戦略がやや弱く、知性を通して感性の同調を求めていたような感じだった彼が、この作品は、まさしく戦略だけで映画をつくっちゃったという何とも頼もしい感じがします。
武満 アンゲロプロスに肉迫しつつあるような映画ですよね。
蓮實 雰囲気としてひたひたと肉迫してくるという感じが、映画を見終わってからでも迫ってくるんです。だけど、あそこまでつくっちゃうと、今後どうするんだろうという気がするんですけれどもね。これは、合作ということだけれども、もはやソ連映画でもイタリー映画でもない。これは国籍を越えて世界が喜ぶべき映画ですよね。
武満 ええ、ぼくは、映画史的にもモニュメンタルなものになり得る映画なんじゃないかと思いますね。力強いですよね。これまでは、どこか成功しない文学性みたいなものがあって、何かひ弱さがあったけれど、今度はそういうものはかなりふっ切れている。
蓮實 これまでのタルコフスキーの映画にあった文学的趣味みたいなものが、ここでは、きれいに映画の方に引きつけられて消えている。
武満 ぼくも全く同じ意見ですね。
蓮實 宇宙を相手に仕事をしていますよ。
武満 そうですね。非常に宇宙的です。
蓮實 宇宙論的なイメージを追及する映画はたくさんあると思うんですけれども、この作品は、いかにして映画が宇宙に達するかという一つの答えを出したと思うんです。宇宙を見せなくとも宇宙的映画になり得るし、サイエンスを見せなくてもSFになり得るということですね。ここに出ている絶望感、頽廃、そして単に絶望の中に自足しているわけではない困難な未来の模索――ノスタルジアは決して過去への埋没ではないという映画の現在を宇宙論的に表現し得ている。その意味では、映画史的にモニュメンタルであると同時に、人間の思考に直接働きかけて反省を強いるような映画でもあると思うんです。単なる映画好きだけでなく、思想家でも科学者でもいい、あらゆる人が、これを見て率直に驚いて欲しいという気がするんですよ。20世紀の知に自足している人たちが、この映画の前で揺らいでほしい。例えば米ソの対立といった政治的な前提なんかが非常につまらないことであって、国籍を越えて一挙に宇宙論的な飛翔を可能にした人が出て、ぼくたちを刺激しつづけているんだ――彼が亡命したからソ連だめとか、そんなケチな発想ではなしに、多分いまの文学では動かし得ないようなところまで人々の心を動かすところに映画が達し得たということに、あらゆる分野の人が率直に驚くべきだと思いますね。
蓮實先生がタルコフスキーの『ノスタルジア』を手放しで誉めている。
このインタビューの初出は、リブロポートから出版されていた「CINE VIVANT」というパンフ。翌号にはゴダールの『カルメンという名の女』をめぐる対談が掲載されているけれども、冒頭から武満徹が「この前の『ノスタルジア』で巷間うわさが流布していまして、ぼくと蓮見さんが、『ノスタルジア』の試写を見終わったとたん、二人で抱き合ってさめざめと泣いた、というんですが(笑)」と語っている。

もともと蓮實重彦は、タルコフスキーにすら厳しかった。たとえば、『ぼくの村は戦場だった』については「安易な編集至上主義」、『アンドレイ・ルブリョフ』については「一つ間違えば形式主義美学」、『惑星ソラリス』は「アイデア先行型で絵が弱い」、などなど。

たしかにタルコフスキーの最高傑作は『ノスタルジア』だと思われる。珍しくロマンティックにタルコフスキーを語る蓮實先生の言葉に、ぼくも同意する。
狂ったドメニコが炎に包まれる場面、アンドレイがロウソクを手に広場を渡る場面の緊張感は、〈映画〉にしかありえない体験だと思う。

この映画については、またエントリーしたいと思っている。とりあえず蓮實・武満両先生の素晴らしいお言葉を引用しておく。

『シネマの快楽』蓮實重彦・武満徹シネマの快楽
蓮實重彦・武満徹

文庫: 301ページ サイズ (cm): 15 x 11
河出書房新社
2001-05
ASIN: 4309474152
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『ノスタルジア』アンドレイ・タルコフスキーノスタルジア
アンドレイ・タルコフスキー

Color, Widescreen, Letterboxed, Dolby
ジェネオン・エンタテインメント
2002-11-22
ASIN: B00006S25R
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2006年10月03日

読書の秋に田中芳樹。

写真にあまり意味なし。

高校生の頃、ずいぶん田中芳樹の本を読んだ。高2の秋くらいかなあ。『銀河英雄伝説』10巻をボンバー君に借りてあっというまに読んでしまった。とてもよく出来たスペースオペラだった。
田中芳樹はタイヘン遅筆な作家ではあったけど、なんせ貧乏学生だったから、出るもの全て読めるわけではなかった。とりわけぼくは偏った読者で、スペースオペラ中心に読んでいた。たとえば『銀河英雄伝説』以外では『タイタニア』(未完)や『七都市物語』(これも未完。他作家によるアンソロジーが出ている)など。

ほかにはファンタジー系の小説をよく読んだ。『自転地球儀世界』シリーズ(未完、というよりは他の作家にプロットまる投げ状態)とか『夏の魔術』シリーズとか。とくに『夏の魔術』シリーズはとてもよく出来たファンタジーだった(4巻で完結したが、惜しむらくは最終巻の出来の悪さ。ほんとうにひどいもんだ。読むんだったら最初の3巻でとどめて欲しい)。

友だちYにはずいぶん受けが悪かった。「またこんな本読んでるの?」とずいぶん冷たい視線を投げつけられたものだ。まあ、俗な本ではあるが。

 左の胸ポケットに三週間の休暇、右の胸ポケットに二十万円、それが能戸耕平の自由を、さしあたりは保障していた。この両ポケットが空になったとき、彼は、散文的な日常に、大学の勉強とアルバイトの生活に、もどっていかねばならない。だが、まあ、あまり思いわずらうのはよそう。まだ旅は、はじまったばかりなのだから。
『夏の魔術』の冒頭。
耕平はひとり旅の途中、12歳の快活な少女、立花来夢と出会い、異界と現実のはざまにある「黄昏荘園」へおもむく。ここからはもう、熱血青年が女の子をかばいながら困難に立ち向かう王道ファンタジーが展開していくわけだ。

田中芳樹の文体は読みやすい。しかも一読して田中芳樹だとわかる。「気の利いた」直喩の効果的な使用、独特の「軽口」や「かけあい」、内心の表出。

 梯子がやってきた。伸ばせば五メートルにも達するであろう折りたたまれた木製の梯子だ。それを執事は肩にかついで、何万人もの兵士を指揮する将軍のように足どりでサロンにはいってきた。彼の視線がフランス窓に向き、耕平に向けられた。落ち着きは失われなかったが、かるい溜息が漏れた。
「これはいささか乱暴なことをなさいましたな。このカーテンは多少は由来もあり、当家の自慢でございましたが」
「悪かった。来夢を助けだしたらきちんと話をつけるから、そのときのことにしてくれ」
「ではそういうことにさせていただきます。ところでこの梯子はどういたしましょうか。あいにくと当家には絵具がございませんので、お役に立てないかもしれませんが」
 表情をまったく崩さずに執事は言い、耕平が口を開きつつも言葉につまったとき、北本氏が助け舟を出した。
「予定変更だ。外壁に梯子をかけて三階に上りたい。手伝ってくれんかね」
「この雨と風の中をでございますか。せめてもうすこし天候が回復してからになさってはいかがでしょう。いえ、出すぎた申しようではございますか、お客さまのおためを思いましてのことでございます」
「天気予報はどう言ってる?」
「存じません。当家にはテレビやらラジオやらといった俗なものはございませんので」
それにキャラクターの造形にも特徴がある。田中芳樹の小説は、年齢が離れた2人がコンビとなって主役となることが多い。
たとえば、『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリーとユリアン・ミンツ。『自転地球儀世界』の周一郎と多夢。『夏の魔術』の耕平と来夢、もうひとりの重要な登場人物、北本氏など。
毒舌家も多く登場する。『銀河英雄伝説』はヤン・ウェンリーをはじめ毒舌家だらけだし、『薬師寺涼子』シリーズの主役も超毒舌家だ

まあ、彼の『蒼龍伝』シリーズも、『アルスラーン戦記』も、『薬師寺涼子』シリーズも、最近の中国関係の作品も、全部読破したわけじゃない。なにも考えずぼんやり読むには、田中芳樹はとても気持ちのいい作家だ。また読み始めてみるかな、と思っている今日この頃。

『夏の魔術』田中芳樹夏の魔術
田中芳樹

単行本(ソフトカバー): 210ページ
講談社
2000-07
ASIN: 4061821423
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『窓辺には夜の歌』田中芳樹窓辺には夜の歌
田中芳樹

単行本(ソフトカバー): 207ページ
講談社
2000-10
ASIN: 4061821539
by G-Tools


『白い迷宮』田中芳樹白い迷宮
田中芳樹

新書: 213ページ
講談社
2001-01
ASIN: 4061821636
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『春の魔術』田中芳樹春の魔術
田中芳樹

新書: 190ページ
講談社
2002-09
ASIN: 4061822497
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ラベル:読書 田中芳樹
posted by Dr.DubWise at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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