2007年06月11日

ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』

1908年のアフリカ全図から、コンゴ自由国周辺。

村上春樹の小説にはコンラッドの作品がときどき(ごくときどき)小道具として出てくる。もちろん意味がないわけではなく、それは主人公(つまり「ぼく」)の行く先を暗示している。たとえば『スプートニクの恋人』にはこうある。

 ぼくは本棚から大きな世界地図を引っぱり出して、ミュウの教えてくれた島の位置を調べてみた。ロードス島の近くというヒントがあるにせよ、エーゲ海に散らばっている大小無数の島の中からそれを見つけ出すのは簡単な作業ではなかった。でも小さな活字で印刷されたその名前をようやく探しあてることができた。トルコとの国境に近い小さな島だった。あまりにも小さくて、かたちもよくわからない。
 引き出しからパスポートを出して、まだ有効期限が切れていないことを確認した。家のなかにある現金を集めて財布につめた。たいした額ではないが、あとは朝になったら銀行のカードで引き出せばいい。口座には以前からの預金にあわせて、たまたま夏のボーナスがほとんど手つかずで残っている。クレジット・カードもあるし、ギリシャ行きの飛行機の往復切符くらいは買える。ジムに行くときに使うビニールのスポーツ・バッグに着替えをつめ、洗面用具を入れた。いつか機会があったら読み返そうと思っていたジョゼフ・コンラッドの小説を二冊入れた。
たぶん、そのうちの1冊は『闇の奥』だろう。

 背後でかすかな、鈴でも鳴るような音がして、ぼくは振り返った。黒奴が六人、喘ぎながら小径を一列になって上って来る。土を一ぱい入れた小さな籠を頭に載せ、棒を呑んだような姿勢で、のろのろと上って来る。一足踏むごとに、鈴のような音が鳴る。腰のあたりに黒い布片を纏っただけで、その端が尻尾のようにブラブラ揺れていた。肋骨といえば、一本一本数えられるし、手足の関節は、まるで綱の結び目のように膨れ上がっている。一人一人、首に鉄鎖をはめられ、それが互いに鎖で繋ぎ合わされて、弛んだ部分が歩くたびに揺れては、あの韻律的な響をたてるのだった。断崖の方で、またしてもハッパが鳴った。そのとき僕はふと、あの大陸に向って砲弾を射ち込んでいた軍艦のことを思い出した。あれもこれも、同じ不吉な響だった。しかしこの人間どもを、どう考えてみても、敵だとは言いえまい。ただ彼等は罪人と呼ばれ、彼等の破った法が、あたかもあの炸裂する砲弾のように、彼等の頭上に臨んでいるだけだった、――彼等にとっては、それこそ海の向うから来た永久に解き難い神秘だったろう。痩せ衰えた胸は苦痛に喘ぎ、激しく開いた鼻孔は震え、目は石のように丘の上を凝視していた。不幸な蛮人どもは、チラとも見ないで、まるで死のような無関心さをもって、僕の傍をすれすれに通って行った。
この小説の語り手、マーロウが、アフリカで見たものは、その後の彼の世界を規定することになる。闇の前に人はひれ伏さざるを得ない。
闇とはなにか。それは喪失だ。クルツがいまわの際に言うように、またマーロウが物語の最後に悟るように、喪失をした者はまさに「地獄」に生きることになる。そして「これしきのことで天は落ちないのだ」。

コンラッド『闇の奥』闇の奥
コンラッド Joseph Conrad
中野好夫(訳)

174ページ 14.8 x 10.6 x 1 cm
岩波書店(岩波文庫)
1958-01
978-4003224816
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村上春樹『スプートニクの恋人』スプートニクの恋人
村上春樹

318ページ 14.8 x 10.6 x 1.6 cm
講談社(講談社文庫)
2001-04
978-4062731294
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posted by Dr.DubWise at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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