2006年09月04日

フランシス・キング 『家畜』

雨の日

私は自分のことを、外科的処置にせよ薬にせよ、また転地にせよ休息にせよ、どんな治療を施しても、症状が一時的にやわらぐことはあっても、決して完治することのない病に冒された人間であると思っている。もちろんそのような病気を患う人間の常として、私も「奇跡」を願わぬわけではない――ごく希な事例として、病が自然治癒していくことがあるのは、医者でさえ認めている。深く肉体に根を張っていた病巣がとつぜん解体し始め、長い間抑えられていた本来の働きを主張する組織の中へ吸収されるのである。だが、そんな僥倖が私に訪れることはまずなかろう。病は終生、私の中に棲みつづける。それは消滅を私と分かち合うものであり、今では私の一部となり、取り除くことの叶わぬものであるので、それなくして私は、自分の未来を描くことができない。
フランシス・キングの『家畜』を読んでいる。とくに若いひとにはあまり馴染みがないかもしれない。イギリス文壇では長老とされる作家で、三島由紀夫とも親交があった。最近、「具体」(1950年代〜60年代にかけて阪神を中心に活動した現代美術家たちのグループ)とキングの関係について新しい研究がされていて、文学フェチの間で話題になった。

『家畜』はスキャンダラスな内容で当時の文壇を騒がせた小説だ。結局出版社は、キングに対して圧力をかけ、そのプロットを変更し刊行させた。もちろんぼくの読んでいるのは、当初の構想に基づいたバージョンの翻訳である。

『家畜』フランシス・キング家畜
フランシス・キング Francis King
横島昇(訳)

体裁=単行本: 332ページ
みすず書房
2006-04
ASIN: 4622072122
by G-Tools

 
posted by Dr.DubWise at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。