2006年09月13日

デイヴィッド・グロスマン 『ライオンの蜂蜜』

レンブラント『目をえぐられるサムソン』、1636年
レンブラント『目をえぐられるサムソン』、1636年

・・・サムソンの人生は神の手中にある巨大な鐘(バアモン)で、その意のままに不思議な音色をとり混ぜてチリチリ鳴ったり、ときには音楽のようにひびきわたったが、たいていはキイキイきしんだり、がなりたてたり、不協和な音をたてたりした。不幸な鐘は力のかぎりにたわまず、はげしく揺れ、その音はダン族の村からペリシテの町までこだましたのだった。
だが、鳴り止む前、記憶に、神話に、芸術に刻み込まれた瞬間、サムソンは二本の柱を抱えて押し倒し、建物を、ペリシテ人を、自分自身を倒した。最後の一瞬は――それまでのサムソンの驚異的な行動同様に――鋭く透徹した言葉「私の魂を殺してください、その生をつねに生きたごとく」に凝縮される。真に寄り添う魂ひとつなく、孤独に、倦むことなく彼を傷つけ裏切り嘲ったよそ者たちのなかで。どうか、わたしをペリシテ人たちとともに死なせてください。
+ + +

サムソンは旧約聖書の士師記13章から16章に登場する。彼は怪力をもち、粗暴で、好色だが、じつに哀しい人物だ。『ライオンの蜂蜜』は、このサムソンを主題としている。(上に引用したのは、この本の最後の部分なんだけれども、読みながら正直泣きそうになった。)

イスラエルの作家デイヴィッド・グロスマンが、サムソンの神話を新しく解釈しなおし提示する。方法論はいくぶんデリダ的だが、より平易な(そのぶん「綱渡り」的な)論旨で読み易い。

わたしと神。わたしとわたしの周りにいるよそ者。
神はわたしをこの世に投げ出し、よそ者たちは、みな私を裏切る。わたしは裏切りの意図を知りながら、わたしを裏切るはずのよそ者を信じ、その結果眼を抉られ、髪を切られ、神より与えられた膂力を奪われる。
しかしサムソンは、かつてそのありあまる膂力で、ペリシテ人1000人を撲殺していたのだった。

グロスマンは、パレスチナにおけるユダヤ人についてだけではなく、自爆テロで死んでいくイスラムの若者たちのことも念頭においている。
「真に寄り添う魂ひとつなく、孤独に、倦むことなく彼を傷つけ裏切り嘲ったよそ者たちのなかで」、サムソンはペリシテ人と呼ばれるよそ者たちを道連れにして、独り死ぬ。彼は自爆テロを起こした、おそらく最初のひととして、歴史に描かれているのだ。

『ライオンの蜂蜜』デイヴィッド・グロスマン David Grossmanライオンの蜂蜜
デイヴィッド・グロスマン David Grossman
母袋夏生(訳)

単行本: 166ページ
角川書店
2006-08
ASIN: 404791522X
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posted by Dr.DubWise at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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