2006年09月14日

パメラ・D. シュルツ 『9人の児童性虐待者』

雨に濡れた鍵

個人的レベルにおいては、被害者・加害者両方のセルフ・ナラティヴを解釈することが、児童性虐待が自己イメージや自己表現に与える影響を理解する手段と考えられる。ただし、これらのナラティヴは、互いに無関係に存在してはならない。なぜなら、被害者側と加害者側、その両方のナラティヴが、事件の現実を構成し、反映しているからだ。両者のナラティヴに進んで耳を傾け、身を入れて聞きとれば、児童性虐待についての新しい文化的理解が構築できるだろう。こうしたナラティヴは、児童性虐待が社会の中でどのように機能しているかについての情報源となる。なぜなら、性、性的傾向、性習慣が権力の手段となる方法を伝えてくれるからである。性虐待のシステムがどのように自己永続的であるかを認識すれば、うわべばかりの外部的な対抗手段から目をそらし、本当に着目すべきところに注意を集中させられるだろう。着目すべきは、被害者であり、かつて被害者であった大人であり、彼らが黙って虐待のサイクルをくり返すやり方なのだ。
+ + +

著者のパメラ・D・シュルツ自身も児童性虐待の被害者である。

性暴力は「マクロな政治」の手段として使われることも多いし、家庭内の「ミクロな政治」の手段として使われることも多い。ゆえに、それらが端的に「暴力」として露見することは少ない(「わたしは彼女/彼を愛していたのだ」云々)。
だから、これは当たり前のことだが、性暴力を抑止するにはそれが社会の中でどのように機能しているか、あるいはそれらがどのように「権力の手段」と化するかを分析する必要がある。被害者のナラティヴと同時に加害者のナラティヴも、常に分析の対象としなくてはならない。

日本ではこういう基礎的な研究がまだまだ少ない。「イエ制度」との関わりもあるだろう。研究の進展を望む。

『9人の児童性虐待者』パメラ・D. シュルツ9人の児童性虐待者
パメラ・D. シュルツ Pamela D. Schultz
颯田あきら(訳)

単行本: 441ページ
牧野出版
2006-08
ASIN: 4895000923
by G-Tools

 
posted by Dr.DubWise at 06:49| Comment(0) | TrackBack(0) | words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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