2006年10月01日

生田耕作・訳 『愛書家鑑』

 「君は奴の蔵書のすばらしさを知らんのか?」当惑顔の代理人を李(すもも)の木のように揺さぶって、ギュマールは怒鳴りつけるような調子で。「そう知るわけがない。まず第一に、奴はなにからなにまで揃えとった! いやそれだけじゃない、奴が仕舞い込んどった飛切り貴重な手写本や揺籃期本(インキュナビュラ)のなかには、グーテンベルクよりもはるか以前に印刷された十五世紀最初の本、断食と宴会を歌にした、木版画入りの詩集、『でぶと痩せっぽちの言葉』Le Dict de gras et de maigreも混じっとるんだ、わかるかね? しかも1405年、ライデン刊となっとる! 十六世紀に製本された『聖書』をばらした際に発見された、保存状態も完璧の、世界に二つとない珍本なのだ。
 それにシジスモンのやつはグーテンベルクが最初につくった本も持っていたんだ、可動式活字を使って印刷された最初の本、奴が発見するまでは知られてもいなかった本で、ストラスブルグの店が1438年に開かれていたことはこれで初めてわかったんだ。あらゆる疑惑、あらゆる否定を顔色なからしむる、刊行年月と発行者名が印された『黙示録』・・・おわかりかな、1438年刊のグーテンベルク本! ああ! あの世界に二つとない奇跡的な1438年刊グーテンベルク本を手に入れるためなら、なにを投げ出しても惜しくはない! なんでも呉れてやる! 十年や十五年寿命が縮まろうとも!」
今は亡き生田耕作が訳した『愛書家鑑』を読む。オクターヴ・ユザンヌのこのコントは、紀田順一郎の編んだ『書物愛』(晶文社刊)にも収録されている(無論、生田訳ではあるが「シジスモンの遺産」と改題している)。

ギュマールというビブリオフィル(愛書狂)が死んだライバルの遺した蔵書を狙って四苦八苦するコントなんだけど、これがまあおもしろい。愛書狂かくあるべし、という熱情が迸る。
たとえば、上の引用後も数ページに渡ってウンチク交じりなビブリオフィルの魂の叫びが続き痛快。ごく短い40Pほどのコントだけど、その悲喜劇的な結末には身につまされるものがある。

+ + +

もちろん、ぼくはビブリオフィルじゃあない。本は好きだけど。
見ず知らずのアラビアの王様から何故か油田かガス田かを譲られて、湯水の如くお金を使えるようになったらそうなっちゃうかもしれないが、今のところビブリオフィルになる兆候はないみたい。ともちゃんも安心してください。

でもぼくが学生のころ古書店で働いていたとき、あきらかにビブリオフィルとおぼしきおっさんたちをよく目にしていた。目録を発送するとすぐに電話をよこして、何万円も何十万円も買いつけるのだ。

とくに大内版『聚分韻略』を目録に載せたときは大騒ぎだった。15世紀末の木版印刷本で、超稀覯本。200万円だったか300万円だったか、とにかく車1台分くらいの値段をつけていたと思う。それでもすぐにこの本目当ての電話がじゃんじゃん鳴ったので、新米かつ貧乏学生だったぼくはびっくりしたのだった(ちなみに大内版『聚分韻略』は、いまじゃこの値段では買えないと思う)。

中原中也の『山羊の歌』文圃堂初版本も扱ったことがある。箱に入っていて(これは前の持ち主が特別に作らせたものだった)開けると樟脳の匂いがした。高村光太郎の装幀だったか。保存状態も完璧な大変な美本で、息をかけるのがはばかられるほどだった(さすがにこの本は地方の古書店では扱いかね、「市」に流したのだった)。

+ + +

『愛書家鑑』は、生田耕作が主宰した奢覇都館でまだ扱っている。できれば奢覇都館版をオススメする。装幀などがさすがに凝っている。アルベール・ロビダの挿画も目玉だ。アルベール・ロビダについては、エントリーを改めて書こうと思っている。

奢覇都館オフィシャル・ホームページ

『愛書家鑑』オクターヴ・ユザンヌ Octave Uzannne愛書家鑑
オクターヴ・ユザンヌ Octave Uzannne
生田耕作(訳)

単行本:B5変型 上製本 カバー装
奢覇都館
1991-01



『書物愛 海外篇』紀田順一郎(編)書物愛 海外篇
紀田順一郎(編)

単行本: 354ページ サイズ (cm): 19 x 13
晶文社
2005-04
ASIN: 4794966644
by G-Tools

 
posted by Dr.DubWise at 23:54| Comment(0) | TrackBack(1) | words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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