2006年10月18日

新しい学を!

もしも、あの朝、そこに爆弾が落とされなければ、まだ幼い娘たちの柔らかい皮膚と肉は切り裂かれもせず、骨も砕けず、傷口からおびただしい血が流れ出ることもなかった。そう、流れ出なかったならば、彼女たちの体の内を血液は一瞬一瞬、一刻一刻、さらに巡り続け、あらゆる体液は分泌し続けただろう。飲む水やお茶や果汁などの水分を摂り、食べる野菜や肉や魚からもその成分中の水分を摂り、それが血液をはじめ体液の糧ともなり、生命の恒常性(ホメオスタシス)を保つ新陳代謝が繰り返されただろう。
そして幼女は、少女へ、乙女へ、女へと成長し、初潮も訪れ、月経の周期を幾たびも経て、いつか結ばれて性愛の時が至り、新しい生命を宿せば子宮に羊水をたたえただろう。そして出産のとき、破水して羊水が流れ出すとともに新しい生命をこの世に送り出しただろう。
人間の体液の循環、水分の摂取・吸収・排出という新陳代謝の繰り返し、次の世代への継承とつながり。人の生は体液と水とともにあると言っていいかもしれない。その巡りを、つながりを、爆弾やミサイルで断たれて失われるものの大きさを考えてみる。その失われるものを「ネセサリー・コスト」や「付随的被害」と呼ぶことは、やはり歪んでいるとしか思えない。
そうだ、この怒りは正しい。正当だ。ぼくもその怒りを共有する。ぼくはあなたのように戦場で死線を越えたことはない。だけど〈ここ〉で共有している。
しかし、何かが違う。この違和感・・・

「ネセサリー・コスト(necessary cost)」とは、直訳すれば「必要経費」もしくは「やむをえない犠牲」だ。戦争において、民間人の犠牲がゼロになることはありえない。戦争における民間人の犠牲のことを、イラク戦争に従軍したアメリカ兵は、こう表現したという。

政府文書内にも同様の表現はあるかもしれない。もう少しわかりにくい表現で「付随的被害(collateral damage)」という同じ意味の言葉がある。
得るべき国益を量り、リスクを分析し、戦争を企画する者たちにとって、それは「コスト」なのだ。

死者とコストは、おなじ現実(リアル)のふたつの〈相〉だ。このふたつの〈相〉が引き裂かれてしまっている。これは、社会(世界)の複雑さ、価値観の変化、高度化したテクノロジーや富の不均衡によってもたらされている。
ふたつの〈相〉をひとつのリアルに統合するのに必要なのは、絶対に情念ではない。構想力に支えられた知でしかありえない。

新しい学を!

『反空爆の思想』吉田敏浩反空爆の思想
吉田敏浩

単行本: 308ページ サイズ (cm): 19 x 13
日本放送出版協会
2006-08
ASIN: 4140910658
by G-Tools

 
ラベル:戦争 読書
posted by Dr.DubWise at 23:56| Comment(1) | TrackBack(0) | words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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<a href= http://www.cnn.com/TECH/computing/9906/02/wince.idg/index.html >Can Microsoft save Windows CE </a>
http://members.cox.net/harley762/

新しい学を
Posted by Darin Ashley at 2007年12月17日 08:14
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