2006年10月22日

入墨と徳について。

画像石に彫られた「お月様の中のひきがえる」
画像石に彫られた「お月様の中のひきがえる」(左の鳥は彗星をあらわしている)

先日のエントリーの続き。
『楚辞』を読んでいると、こんなおもしろい歌句を発見する。

夜光何徳 死則又育
厥利維何 而顧菟在腹

夜光何の徳ぞ、死すれば則ち又育(いく)す。
厥(そ)の利(り)維(こ)れ何ぞ、而して顧菟(こと)腹に在り。
『楚辞』はなんとも鬱屈した歌が多いんだけれども、この部分がとても好きだ。「新釈漢文大系」ではこんな訳がついている。

月には何の徳があるのか。死んではまた生まれる。何の宜(よ)い事があって、顧菟(うさぎ)は月の中にいるのだろう。
「顧菟在腹」の語釈におもしろいことが書いてある。

『五経正義』に「月中に兎有り、蟾蜍(せんじょ)有るは何ぞ。月の陰なり。」とある。蟾蜍はひきがえる。漢代の瓦当の文様に、この二者が同居している図がある。聞一多は顧菟を蛤・科斗であり、すなわち蟾蜍のことであると論証している(『天問釈天』)。
ハマグリとカエル、それにオタマジャクシの関係は中国神話に関する本を読んでもらえば良いけれども、「顧菟=ひきがえる」ってのは楽しい。ぼくとしては「月の中にはひきがえるがいる」説を採りたい。が、これは余談。問題は「夜光何徳 死則又育」のところ、何故「徳」字を用いているのか、ということだ。

「何徳」について新釈漢文大系はその語釈で、「何の霊徳があってのことか。」とあっさりすませている。しかし「月」という、神でもなく、且つあきらかに非人称である存在に、「徳」という字がどうもそぐわない気がする。そこでまた『字統』をひく。



会意 彳(てき)と省と心に従う。篆文の字形は悳に従い、悳声。〔説文〕二下に「升(のぼ)るなり」とあり、〔易、剥卦〕(釈文、菫遇本)に「君子、車に徳(のぼ)る」、〔礼記、曲礼、上〕「車に徳(のぼ)り、旌(はた)を結ぶ」などその例もあるが本義ではない。〔広雅、釈詁〕に「得なり」と同音をもって訓し、心に得るものを徳とする意と解する。徳の初形は省と極めて近く、省から展開している字とみられる。近出の金文〔徳方鼎〕の徳は心に従わず、彳と省の初形に従う。省は目の上に呪飾をつけて、省道すなわち除道を行うことを意味する字で、徳とは省道によって示された呪的な威力をいう。目は呪力のあるものとされ、それに呪飾を加えて厭勝(ようしょう、「まじない」のこと)とすることが、古くから行われており、わが国でも〔古事記、神武〕に久米の命が「黥(さ)ける利目(とめ)」をしていたことをしるしている。省、徳の字が目の上に加えているものは、その呪飾である。そのような威力が、呪飾による一時的なものでなく、その人に固有の内在的なものであることが自覚されるに及んで、それは徳となる。金文に敬徳・正徳・元徳・秉徳・明徳・懿徳・首徳・徳経・政徳・経徳など、その語彙は甚だ多く、徳の観念の発展が著しい。その字形はもと彳と省に従うもので、〔大盂鼎〕に及んではじめて心を加えた字形があらわれる。もと省道の呪力を意味するものが、次第に人の内面的な徳として自覚されてくる過程が、字形の展開の上にもあらわれているのである。(下線はDubWise)
これはちょっとした衝撃ではないか。このテキストで徳と黥がつながった! しかも例証として「黥ける利目」まで示してある!!

徳とは、そもそも「道徳」に関わる文字ではないというのだ。下線部に注目して欲しい。「呪」は観念的なものではなく、捉えどころのないがそこに在る、「エネルギー」とでも表現すればいいようなもの。これが「徳」の原義だというのだ。

たしかに『荘子』外篇などを読んでいると、こういう有名な一説があるですね。

泰初有無。無有無名。一之所起。有一而未形、物得以生、謂之徳。

泰初に無有り。有無ければ名無し。一の起る所なり。一有りて未だ形(あらは)れず、物得て以って生ずる、之を徳と謂ふ。
老荘的な思想が「徳」の原義が形成された時代に在ったかどうか、ぼくは疑問に思うけれども、「徳」という語の古い用法は受け継がれてきたのではないかと思う。

白川静先生は周王朝時代、とくに西周期の金文に拠って論を展開している。ずっと追っていると、徳の原義と黥目とは密接な関係があるのではないか、そんな仮説が成り立つ(大味ですいません)。

さらに続くデス・・・ ごめんなさい。

『新釈漢文大系34・楚辞』星川清孝新釈漢文大系34・楚辞
星川清孝

単行本: 362ページ
明治書院
1970-09
ASIN: 4625570344
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『新訂 字統』白川静 新訂 字統
白川静

大型本: 1107ページ
平凡社
2004-12-16
ASIN: 4582128068
by G-Tools

 


posted by Dr.DubWise at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | cahier | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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