2007年04月02日

香りの人工楽園――トム・ティクヴァ『パフューム ある人殺しの物語』

パフューム ある人殺しの物語 (2006/独=仏=スペイン)

『パフューム ある人殺しの物語』を観る。
監督はトム・ティクヴァ。『ラン・ローラ・ラン』のひとだ。原作はパトリック・ジュースキントの『香水』。ずいぶん前の出版されたのでまったく忘れていたけど、池内紀訳で少し話題になった本だ。たしか読んだような(あんまり記憶にない)。

まあ、ある種「ト学会ネタ」的な発想を膨らませて出来た映画なんだけれども、その感じがどうしようもなく鼻につくのは、やっぱりサスペンス側に寄り過ぎてしまってるからだ。なんでもかんでも人殺しの話にすれば良いというものではあるまい。それならそれでゴダールみたく徹底的にかつ簡潔にやるべきだ。この映画しかり、『ダ・ヴィンチ・コード』しかり。

香りを世界の把捉のほとんど唯一の手段としている〈異邦人〉をせっかく主役にしているのに、出自が悪臭紛々たる魚市場出身だからといって連続殺人鬼にしちゃあまりにかわいそうじゃないか。〈異邦人〉の主人公ジャン=バティスト・グルヌイユには、ほとんど無限の可能性があるはずだった。

グルヌイユは、香りを保存するために連続殺人を行う。その過程で自分自身に体臭がないことを知り、また大衆を洗脳する香り(フェロモン?)の調合にすら成功する。このあたりの展開がどうしようもなく滑稽で、しかも金を湯水のごとく使ってそれを映像化した監督とプロデューサーたちもおかしいんじゃない?

パフューム ある人殺しの物語 (2006/独=仏=スペイン)

世界の中心に立ちたかったグルヌイユは、最終的に彼の生み出した魔法の香りによってその位置に立つことができる。だが、彼自身気づくように、彼自身まるで空虚のままだ。

殺した娘ローラの父親リシに、グルヌイユは殺して欲しいと願うがそれも叶わない。リシは香りに惑わされ、グルヌイユを「我が息子」と呼び泣きながら抱きしめる。
ここに近親相姦の構図も指摘しておきたい。リシが惑わされた香りは、娘ローラの肉体の放っていた香りである。近親相姦の幻想のなかで、グルヌイユはどんなにひどいことをしても、憎まれもせず愛されもしない。
ずっと空虚なまま世界の中心に立ち尽くす。まるでこの国の〈天皇制〉のようだ。

パフューム ある人殺しの物語 (2006/独=仏=スペイン)

まあ、このお話自体、近親相姦やらカニバリスムやら、批評家ウケのよさそうなギミック満載なので、そんなところにいちいち反応してしまうのもどうかと思うわけだ。
この手のギミックにはアンドリュー・バーキンの嗜好が出ているようにも思える。こんなに予算を使って、こんなにいい俳優をそろえて、こんなおバカ映画を、こんなに大真面目に撮るってのもアンドリュー・バーキンっぽいと言えなくもない。

グルヌイユ役のベン・ウィショウはとても巧い俳優だと思う。ドニ・ラヴァンの再来か。リシ役のアラン・リックマン(『ハリー・ポッター』のスネイブ先生)も存在感がある。ローラ役のレイチェル・ハード・ウッドが美しい。この映画を撮ったとき14歳くらい? 正直そうは見えないが。ダスティン・ホフマンも相変わらずよし(このひとのちょっとした仕種にコミックを感じてしまうのは、ぼくの思い入れ故なんだろうか)。

パフューム ある人殺しの物語 (2006/独=仏=スペイン)

香り。
ぼくが思い浮かべるのは当然、ユイスマンスの『さかしま』だし、デ・ゼッサントの創造する香りの人工楽園だ。この映画を観ながら、ぼくがずっと考えていたのは「もし主人公がデ・ゼッサントだったら」ということだった。

とてつもない、崇高なる自然、本物ではなく、魅力的で、全く逆説的であって、熱帯地方の唐辛子、中国白檀の胡椒の効いたような息吹、ジャマイカのエディオスミアを、ジャスミンのフランスの香り、セイヨウサンザシ、クマヅラと結び合わせ、季節や気候に関わらず、様々なエッセンスの木々、色とりどりで、最も対立する芳香を持った花々を生じさせ、これら全ての調子を溶けさせ合い、ぶつけ合って、普遍的で、名づけようのなく、奇妙な香りを作り出し、その中に、執拗なリフレインのように、始めの装飾的文句、リラとボダイジュの香りに満ちた広い牧場の香りが再び現れて来るのである。
どうせ大金を使うんなら、誰か『さかしま』を映画化しないもんだろうか。

パフューム ある人殺しの物語 (2006/独=仏=スペイン)

パフューム ある人殺しの物語 (2006/独=仏=スペイン)
Perfume: The Story of a Murderer

製作総指揮 フリオ・フェルナンデス / アンドレアス・グロッシュ
   / サミュエル・ハディダ / マニュエル・マル / マルティン・モシュコヴィッツ
   / アンドレアス・シュミット
製作 ベルント・アイヒンガー
監督 トム・ティクヴァ
脚本 アンドリュー・バーキン / ベルント・アイヒンガー / トム・ティクヴァ
原作 パトリック・ジュースキント
撮影 フランク・グリーベ
美術 ウリ・ハニッシュ
音楽 ラインホルト・ハイル / ジョニー・クリメック / トム・ティクヴァ
衣装 ピエール・イヴ・ゲロー
特殊メイク ウォルド・メイソン
編集 アレクサンダー・バーナー
配給 ギャガ・コミュニケーションズ
出演 ベン・ウィショウ / ダスティン・ホフマン / アラン・リックマン
   / レイチェル・ハード・ウッド / コリンナ・ハルフォーフ / ジョン・ハート
   / カロリーネ・ヘアフルト / デヴィッド・コールダー / サイモン・チャンドラー
   / イェシカ・シュヴァルツ / パウル・ベロンド / ティモシー・デイヴィース
   / ハリス・ゴードン / サラ・フォレスティエ / ジョアンナ・グリフィス
   / ビルギット・ミニヒマイアー
posted by Dr.DubWise at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | lumen opacatum | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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