2007年04月05日

プラトンのミュートス

プラトー・クレーター
プラトー・クレーター

國方栄二著『プラトンのミュートス』を読む。

近代のプラトン研究者たちを悩ましつづけたのは、プラトンが『国家』において、ホメロスやヘシオドスなどの詩人のミュートスを理想国家から追放したことはよく知られているが、そのプラトンが対話篇において問答的な議論と並べて(あるいはその代わりに)ミュートスを(散文のかたちであるとはいえ)採用したことである。
プラトンの著作におけるミュートス(神話)は、近代以降たしかに思想史家たちからは軽視されがちであった。有名な『饗宴』のミュートス「人間球体説」なども、わたせせいぞうの作品『菜』に引用されるほど人口に膾炙していながら、実際のところプラトンのテキストの中でどのように機能しているか(機能するようにセットされているか)よく分かっていなかった。
ぼくが最初に読んだプラトンの著作は『パイドロス』だったけれども、対話中突然現れるミュートスに困惑した記憶がある。明晰な論理のなか突然現れる物語にどんな意味があるのか。訳注を読んでも、なぜここに挿入されたのか判然としなかった。

プラトンのテキストに現れるミュートスが軽視されたのは、ロゴス至上主義化した西洋哲学が自らの出自に対して持つ幻想に起因している。哲学の創生はロゴスとミュートスの峻別よりはじまる。その峻別はプラトンより始まるはずだ(あるいはタレスのイオニア自然哲学から、あるいはホメロスから・・・) ヘーゲルが言うように、ミュートスは「神話」(すなわち虚言)でしかなく、ゆえに近代哲学からは排斥されなくてはならない、云々。

そもそもプラトンはミュートスをどのように機能させようとしたのか。新プラトン派の哲学者たちの解釈のようにミュートスとはアレゴリーであったのか。あるいはピエ−ル・ヴィダル=ナケの言うように、そこに何らかの〈構造〉があるのか。國方栄二氏はプラトンのミュートスを解析するにあたってこう書く。

神話学に関するシェリングの主張でよく知られるのは、ミュートスをアレゴリーではなくむしろタウテゴリー(Tautegorie)、「寓意」的でなくいわば「自意」的に解釈することを主張したことである。つまり、ミュートス「それ自体」をして語らしめよという趣旨である。
國方栄二氏は、プラトン以前のミュートスやロゴスという語の用法から丁寧に分析をはじめ、次にプラトンのミュートスの分析に移る。たいへん丁寧で、ロジカルで、興味深い。
彼はプラトンのミュートスをとりあえず「真実に似た虚偽」と定義する。語られる事柄が事実であるかないかわれわれが知ることができないことを対象とするがゆえ、ミュートスを検証することはできない。また、ミュートスが優れたものであるためには、語られる対象に関する真実を正しく伝えるものでなくてはならない。したがって、ホメロスやヘシオドスの真実らしくないミュートスは若者に悪い影響を与える。よって理想国家より追放されなくてはならない。
なおかつミュートスは、よりよいミュートスに置換することが可能である。「ミュートスは仮の表現であって、より適切な説明の仕方があれば、それと取って代わられるべき性質のものである。」

何故、プラトンは「真実に似た虚偽」を必要としたのか。
國方栄二氏によると、対話の相手が、論理では納得できても情念ではまだ納得しきれていないとき、その説得のためにミュートスが提起されるという。対話篇のなかで唐突に、しかも対話を切断するようなかたちで挿入されるのはそのためだ。人間の悪の起源、自由意志の問題、歴史とは何か、そういった重要な問題系においてミュートスは多用される。

死後の魂の運命にまつわる物語も(中略)、自然および人類の歴史を扱ったミュートスも、その内容はそもそも「論証」されるべき性質のものではない。ミュートスはこの点においていわゆるロゴスとは異なっていて、むしろそれらは「信じる」べきものである。それはまた大きな危険κίνδυνοςを伴うことにもなる。すなわち、ロゴスの力がどれほど強くとも、ミュートスで語られていることを信じるのは一種の「賭け」なのである。
『プラトンのミュートス』國方栄二プラトンのミュートス
國方栄二

単行本: 340ページ
京都大学学術出版会
2007-02
ISBN-13: 978-4876987078
by G-Tools
posted by Dr.DubWise at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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