2007年04月18日

アビリーン

夕暮れ

別のとき、私は、父と一緒に、
ケープ・コッドのウェルフリートの海岸にいる。
私はまだ幼くて、父が私にくれた贈りものが
私の人生なのだと理解できない。浜辺が暗くなる。
怖くなって、私は父の手をとる。テキサスについて
父は冗談をとばす。父はアビリーンを憎んでいる。

あれから数年経って、私は
アビリーンのオレンジ色のホテルの部屋にいる。
私の旅は気休めにすぎない。私にはわかっている。
手をふれただけの見知らぬ人間でも、父は
かまわなかったのだ。お父さん、
いまもあなたは、闇を怖がる子どものままなのですね。
あなたの人生は、何だったのですか?

少年のとき、あなたの写真が、ライフに掲載された。
「アビリーンでもっともかわいい少年」として。
夏の白い服のせいで、あなたの目はとても暗く見える。
あなたの母親の目や、私自身の目のように。
あなたは母親と父親を、ついに許すことができない。
母親はあなたを折檻し、父親は見て見ぬふりをした。

私が恋におちるのは、きまっていいかげんな男たちだ。
男のいいかげんさが、私の母の人生をほろぼした。
あなたは、あなたの父親に似ず、酒も飲めなかった。
あなたはアビリーンを離れると、すでに決めていた。
それでも、私の母を悦ばそうと、最初は懸命になった。
しかし、孤独は灯台のように、闇を照らしだす。

闇のなかの海の響きは、手を握りあう
恋人たちの囁きのようだ。誤って私に与えられた
時のことを、私は考えないようにしてきた。
まして、じぶんが一つの生をやどらせるかどうか、
考えないようにしてきた。アビリーンに、海はない。
私は、あなたが私の父親になったときより、一歳若い。

私は自分の子どもを、闇の外につれだしたい。
しかし、一人の父親も、私は見つけられないだろう。
ときどき、そう考える。あなたにのこされ、あなたが
私にのこした辛い秘密が、アビリーンにある。
人生の淵に悲しみがある。時のほかに、
あなたから私を、自由にしてくれるものはない。

アビリーンの、ある暗い冬の夜、
私の父は、ニューヨーク・タイムズを読んでいた。
そして突然、その手で、人生を絶った。

 ヴィクトリア・コーン「アビリーン」
 Victoria Korn "Abilene"
長田弘の『詩は友人を数える方法』を読む。アメリカの地方詩人の詩を取り上げた紀行文。いや、全体としてどこか散文詩の印象もある。
ヴィクトリア・コーンはテキサスの地方詩人らしいが、それ以上のことは分からない。この詩は、おそらく長田弘による部分訳だろう。陰鬱な詩だが、心をうつ。

長田弘『詩は友人を数える方法』詩は友人を数える方法
長田弘

文庫: 336ページ 15 x 10.6 x 1.6 cm
講談社
1999-06
ISBN-13: 978-4061976696
by G-Tools

posted by Dr.DubWise at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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