2007年06月13日

春日武彦『無意味なものと不気味なもの』

ポジャギ

「無意味なもの」というのはどんな概念を指しているのだろう。文字通り「意味がないもの」という概念であれば、矛盾をはらんでいるではないか。
「無意味なもの」はつまるところ非在であろうが「存在しない」ということではない。非在とは、通常忘れ去られ、わたしの認知の外へ逃れ出て行くことどもではないか。昨日カフェで隣りに座ったのはどんな人であったか。昨夜食べた干菓子はどんな形であったか。世界から即座に退場していくほとんど無限なことども。たしかに在ったのだろうか。それらはすでに世界から退場してしまっている。非在はわたしの周囲に満ち溢れている。在と非在の境界は模糊としつつざらざらと私を取り巻いている。

また「無意味なもの」を「価値判定を留保した(留保せざるをえない)もの」と規定することもできるだろう。春日武彦の語る「無意味なもの」とはむしろこちらの意味に近いかもしれないが、それでもやはりずれてはいる。こんなふうにテキストにし、なかんずく本(商品)にまでしてしまったのであれば、無価値なはずがないじゃないか。もちろん彼はそんなことに気をとめるはずもなく(気にとめてしまったら筆を置かねばならなくなる)、積極的に定義をすることもしないわけだが。

『無意味なものと不気味なもの』は、雑誌「文藝界」に15回にわたって連載した書評(?)を集めたものだが、通読しているうちに筆者のなかで「無意味の意味」が少しずつ明確になっていく過程が透かし見える。単に「気味が悪い」あるいは「生理的に拒否する」「困惑する」ものであった手許のテキスト群が、「永遠」という世界の構造に関わる何かをあらわしているのではないかと予感する筆者の姿は暗く陰鬱である。それはときおり挟まれる精神医らしからぬ患者への本音にもあらわれているし、富岡多恵子の『遠い空』について書かれたこんなテキストにも感じられる。

世界に果てなどあるのだろうか。本当は世界なんて一ヘクタールがせいぜいで、しかしそれが壁紙の模様のように際限なく、それこそ永遠に繰り返されているだけではないのか。だからすぐ近くにいても声など届かない。世界の構造に気付いてしまった者だけが、永遠がもたらす孤独感と恐怖とを実感する。
安易な精神分析的解釈でお茶を濁さなかった筆者の姿勢は好ましいが、しかしまだ足りない。

まだ、足りないのだ。

春日武彦『無意味なものと不気味なもの』無意味なものと不気味なもの
春日武彦

単行本: 293ページ 19 x 12.8 x 3 cm
文藝春秋
2007-02
978-4163688701
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2007年05月05日

ホルヘ・ルイス・ボルヘス『論議』

Jorge Luis Borges(1899 - 1986)
Jorge Luis Borges(1899 - 1986)

ぼくがボルヘスに最初に触れたのはいつだったか。国書刊行会の「バベルの図書館」シリーズを読んでいた頃(つまり高校生の頃)は、当然ボルヘスの名前は知っていたはずだ。だけど、澁澤龍彦経由で知ったのであれば中学生の頃、ということになる。
ボルヘスには「バベルの図書館」という有名な作品がある。22文字のアルファベットとスペース、コンマ、ピリオドの25文字の総組合せであらわされた〈あらゆる書物〉が収納された無限の図書館(=宇宙)。「司書」にとっての楽園であり地獄でもあるそこのイメージは、高校時代のぼくらに強烈な印象を焼きつけた。美術部にいた友人Mは、この作品にインスパイアされたメゾチントを何枚も連作したくらいだ。

たしかにボルヘスはアルゼンチン国立図書館長の要職にありながら盲目であり、それを「ネクロノミコン」を閲覧したからだというような神話的な逸話にことかかなかった。ぼく自身、失明する寸前に、書物に覆いかぶさるように目を寄せて読書するボルヘスの姿を、写真で見たような記憶がある(これは、なにかの本で読んだエピソードがぼくの心のなかに沈殿したものなのかもしれないし、そもそもそんなものを見たり読んだりしたことなんてなくただの夢想であるかもしれない)。

しかし牛島信明が「あとがき」に書いているように、ボルヘスのユーモアもまた重要であろう。「アキレスと亀」についての執拗な思考も、「バベルの図書館」の構想もまた。

「バベルの図書館」と並んでぼくの好きなこんなイメージも、ボルヘスのユーモレスクではあるまいか。

……あの王国では、地図学は完璧の極限に達していて、一つの州の地図はある都市の、また王国の地図はある州の広さを占めていた。時代をへるにつれて、それらの大地図も人びとを満足させることができなくなり、地理院は一枚の王国の地図を作製したが、それは結局、王国に等しい広さを持ち、寸分違わぬものだった。地図学に熱心な者は別であるが後代の人びとは、この広大な地図を無用の長物と判断して、無慈悲にも、火輪と厳寒の手にゆだねてしまった。西方の砂漠には、ずたずたに裂けた地図の残骸が今も残っているが、そこに住むものは獣と乞食、国じゅうを探っても在るのは地図学の遺物だけだという。(「学問の厳密さについて」)
創作だけでなくエッセーにもユーモアは満ちている。たとえば『論議』にはこんな一節がある。

ある過ちが無限の存在たる神に背くものであるがゆえに無限であると論じるのは、神が聖なる存在であるがゆえに過ちも神聖であると主張するようなものであり、虎に対して加えられた侮辱は縞模様であるに違いないと言い張るようなものだ。(「地獄の継続期間」)
あるいはアメリカについて、1930年代はじめにこう書いている。

かつてあるところに森がありましたが、それがあまりにも広大にして無辺だったので、誰ひとり、それが樹木からなっていることに気づきませんでした。さらに、二つの大洋のあいだにある国がありましたが、そこの男たちはあまりにも強大でしたので、誰ひとりとして、それが人間の住む国だとは思いあたりませんでした。普通の人間の条件を備えた人間の国であるとは。(「もうひとりのホイットマン」)
またボルヘスは意外にも映画も好んだ。失明する前のことだからその映画論も戦前の、しかも無声映画、トーキー初期映画に限られている。トーキーによって発明された「吹き替え」という技術について、こう悪態をついていて楽しい。

そして今ハリウッドは、その虚しい奇形学博物館をさらに豊かにした。吹き替えと呼ばれる質の悪い装置によって、輝くばかりのグレタ・ガルボの顔と田舎娘アルドンサ・ロレンソの声を結びつけ、われわれに奇怪なものを見せつけようというのである、このような悲しむべき驚異を前にして、このような手のこんだ視覚音響的異形を前にして、どうして感嘆の声をあげずにおられようか。(「ノート」)
ちなみにアルドンサ・ロレンソは、ボルヘスがこよなく愛した『ドン・キホーテ』の登場人物。ドン・キホーテが思い姫に見立てた百姓娘アルドンサのことだ。

ボルヘスは厳しい批評家であった。チャップリンの『街の灯』さえもボルヘスにかかると、「擬古主義やアナクロニズムの不幸な凝固」、「まとまりのない筋立ては、二十年前の散漫なつなぎ合わせの手法をそのまま受け継いでいる」となる。
絶賛しているのはフョードル・オツェプの監督した『カラマゾフの兄弟』。原作から「伸びやかに解放され」、「カメラワークの点からしても秀逸」という。オツェプは『生ける屍』というフィルムがシネフィルに少し知られているくらいで、同時期のエイゼンシュタインやボリス・バルネットの陰に隠れてほとんど忘れ去られているソ連映画作家である。この作品についてもどんな映画かよくわからない。撮影はフリーデル・ベーン・グルントがクレジットされている。帝政ドイツ時代の中堅キャメラマンである。ボルヘスはこの映画に、ソ連特有の政治的窮屈さがない点を指摘しているけれども、たしかにキャメラだけでなく俳優らもロシア人ではないようで、そこにこの映画の特徴があるようだ(余談だけれども、1930年代のソ連映画界とドイツとの交流はよく知りたいところだ)。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス、牛島信明(訳)『論議』論議

単行本: 307ページ サイズ: 19 x 13.2 x 2.6 cm
ホルヘ・ルイス ボルヘス Jorge Luis Borges
牛島信明(訳)
国書刊行会
2001-01
ISBN-13: 978-4336042910
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2007年04月11日

わたしは涙と音楽を区別できない――松浦寿輝『謎・死・閾―フランス文学論集成』

Emile Michel Cioran(1911 - 1995)
Emile Michel Cioran(1911 - 1995)

E.M.シオランとミシェル・レリスは高校生の頃知った。シオランは『崩壊概論』で、レリスは『闘牛鑑』で。

シオランの思考が絶えず立ち戻ってゆくのは題名が示す通り「涙」と「聖者」という二つの固定観念である。「私たちを聖者たちに近づけるものは認識ではない、それは私たち自身の最深部に眠っている涙の目覚めである」という冒頭の一文がいわば書物全体の主題とトーンを決定しており、ここで批判の対象となっている「認識」とは、一つには宗教的教義、もう一つには哲学のことだと言ってよい。超越的絶対者の存在と対峙しながらキリスト教のイデオロギーには甘んじられず、また他方、明晰な認識に憑かれながら講壇哲学者のキャリアを受け入れることを肯んじえなかったシオランにとって、聖者とは、死と絶望からの超脱を現世のただなかで自分の身に実現してしまった存在、すなわち不可能性を端的に体現している究極のモデルである。その境地へといかにして近づくか。涙によって、と彼は言う。だがそれは、単なる苦しみとか嘆きといった心理の表現のことではない。彼はそれを「内面の雪崩」とも言い直しているが、涙とはいわば此岸の仮象にも彼岸への信仰にも満ち足りることのできぬ永遠の不服従者を襲う、心理的ならざる形而上的な――つまり心のではなく魂の――絶望の発作のようなものだ。シオランの聖者が、揺るぎない信仰の喜びに自足している求道者などではないことに注意しよう。この種のいわば神学的聖者たちに対する憎悪を彼は隠さない。『涙と聖者』はほとんど『マルドロールの歌』でも思わせるような超越者に対する闘争宣言の書であって、聖者とは断乎たる意思でこの苛酷な闘いを持ち堪えている一人の反=神学的な闘士なのである。「懐疑的魂の中の絶対への情熱! 癩病患者に移植された賢者!」
『崩壊概論』は高校の図書室の書棚の、それもいちばん下に見つけた。図書室は半地下の構造だったから、書棚の下の部分にはなかなか光が届きにくい。うっすら埃をかぶる棚を、かがんで見ていてこの印象的なタイトルの本を見つけたのだった。

まったく奇妙な本だった。呵責ない文明批判と現世への呪詛の繰り返し。合間に綴られる不眠と音楽への賛歌。閉塞感と開放感が同居するテキストに、ずいぶん衝撃を受けた。その後、学校近くの大きな図書館の閉架で見つけたシオランの本を読み漁った。それこそ金井裕と出口裕弘の訳した本。たしか『崩壊概論』以外に『苦渋の三段論法』、『実存の誘惑』、『歴史とユートピア』、『時間への失墜』 を読んだはずだ。どの本にも現世への呪詛に満ちていた。書かれた年は違うはずなのに。
シオランの本を読んでいたぼくを、図書館の司書の先生はずいぶん心配していたが。

十代に、本来なら生に輝くはずの時期にシオランのテキストに触れたのは、けっして不幸なことではなかった。ぼくがその後哲学なんぞを学んだのは、シオランの反-哲学がこころのどこかでずっと鳴り響いていたからに違いない。

Michel Leiris(1901 - 1990)
Michel Leiris(1901 - 1990)
"Portrait of Michel Leiris" by Francis Bacon

ミシェル・レリスの『闘牛鑑』は、美術の先生に貸してもらった本だった。もともとアンドレ・マッソンの絵を見たがっていたぼくに貸してくれたのだったが。もちろんマッソンの絵は素晴らしかったが、それ以上に幻想的なレリスのテキストにやられたのだった。その後『幻のアフリカ』を見つけて、これも夢中で読んだ。エチオピアの憑依現象の記述は途方もなかった。まったく途方もないテキストだった。

エクリチュールの闘牛士レリス。だが、まことに奇妙な闘牛士ではある。男性的な攻撃性を欠き、自分からは積極的な突きを入れることなく飽きずに〈パセ〉を繰り返し、その緩慢な反復のリズムに耽溺しかけているかに見えながら、しかし絶えず神経を研ぎ澄まして眼前の牛の角の脅威に怯えつつ、しかもゲームを放棄して競技場から逃れ去ろうとは夢にも思わず、踏みとどまって闘いならさる闘いを持ち堪え続けているマタドール。彼が手にしている剣ならざるペンは、死の身体には決して触れることはない。死の直前でいつでも逡巡し、回避し、周囲を迂回し、ひとたび離れてはまたゆるやかに接近してくるのだ。機敏さも豪胆さも備えていない、緩慢で内気な闘牛士。そう、彼は臆病なのではなく、内気なのだ。つねにおずおずとしているのである。死が怖くないわけではない。死は恐ろしい。だが他方、いつか死という名のその暗い灼熱の太陽に素手で触れてみたいというタナトスの欲望もまた内に秘めていないわけではない。真の問題は、だから臆病を克服することではなく、あまり距離を縮めすぎてしまいたくなる誘惑をみずからに禁じ、今にも触れそうでいて決して触れ合わず、直前で身をかわすという境界線上の演技をいよいよ上完璧なものへと練りあげてゆくことだ。内気さとは、そのつど自分に逆らって直前で身を引くために人が備えていなければならない慎みの徳のことである。行き過ぎた一歩を踏み出すことを思いとどまって危険という名の曖昧さの時空を維持し続けるために必須の、過激で官能的な資質のことなのだ。内気であることをもしやめたら、そのとたんにユディットが出現して彼の首を切りにかかるだろう。
松浦寿輝の『謎・死・閾―フランス文学論集成』を読んでいて、シオランとレリスの間に浮かび上がる線に気がつく。死をめぐっての所作だ。
シオランはベケットについて「感嘆すべきは彼が動かなかったことであり、いったん壁を前にしてもつねに変わらぬ雄々しさを失わずにいることである」と書いている。シオランもまたベケット同様に、自殺の自由について何度もその魅惑を説きながら、とどまり続けた。レリスが闘牛を愛したのもまた、松浦寿輝が書いているように、死を前にした注意深くしかも緩慢たる所作にほかならない。

シオランにしろレリスにしろベケットにしろ、ある意味「ヨーロッパそのもの」な思考ではないか。このような死の観念は日本にあるのだろうか。いまだに文学の主題としては、汲みつくされていないように思う。

松浦寿輝『謎・死・閾―フランス文学論集成』謎・死・閾―フランス文学論集成
松浦寿輝

単行本: 327ページ 21 x 15.2 x 3.2 cm
筑摩書房
1997-10
ISBN-13: 978-4480838032
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2007年03月04日

ぼくには〈私〉なんて必要ない。

駅にて

デイヴィッド・ヒュームの本とはじめて出合ったのは、祖父の家の納屋でだった。
狭くて暗い納屋に積まれたダンボール箱の山を片っ端に開けていて、古い岩波文庫の『人性論』を見つけたのだった。

この大量のダンボール箱にはいろんな雑多な本が入っていた。たとえば大量の月刊プレイボーイ誌、フィヒテとシェリングについての専門書、密教の関連書、加山又造の数冊の画集、ハンス・ベルメールの人形写真集、澁澤龍彦の本(とくに『エロティシズム』は衝撃だった)。
叔父の持ち物だったらしい。あまり好きになれない人だったが、本の趣味はよかった。

ヒュームの『人性論』を、何故叔父が読んでいたのかわからない。叔父の大学の卒論はフィヒテ研究だったから(草稿を見たことがある)、経験論だの懐疑主義だのとは無縁だったはずだ。しかし、赤鉛筆で傍線と書き込みが随所にしてある『人性論』は、深刻な〈なにか〉に駆られているようにも感じられた。若い頃の叔父の心の中でどんな嵐が起きていたのか、いまでも興味があるところではある。

+ + +

実は、ぼく自身ヒュームに接近した時期がある。大学で専攻したのはフランス現代思想で、ドゥルーズ哲学の基礎にある経験主義的思考がヒュームに起源することに興味を覚えたからだ。最近ドゥルーズ=ガタリの『哲学とは何か』を読み返していて、その念を強くする。

カントは、ヒュームという宿敵に衝撃を受けつつも、「哲学を独断論から救ったが、懐疑論という浅瀬に座礁させた」と切り捨てた。正確には「切り捨てようとした」というべきか。カントにとって経験論の涯ての懐疑主義は敗北だったからだが、ドゥルーズにとっての経験論は希望を意味する。

ヒュームは、習慣(ハビトゥス)が「私」を構成するとする。これはカントからハイデガーやサルトルにまでいたる大陸の超越論(〈私〉あってこその世界である!)に対する深刻な疑義であって、いまとなってはレヴィ=ストロース以降の構造主義のさきがけとも思える。

ドゥルーズの盟友フーコーは「人間は死んだ」と喝破した。これは古典主義時代の「人間」観の分析を通して、〈人間〉という概念が決して普遍的なものではないという(いまとなっては当たり前の)事実を示したのだった。これはこれまでの大陸の超越論的哲学への挑戦だったし、〈私〉にしばられたぼくらを解放しようとする試みだった。

ドゥルーズもまた。
さまざまな観念や出来事が集まりひとつのシステムを形成する。それが「私」であるということ。つまり「私」は変わりつづける。常に生まれ消える観念、突然に到来する出来事、連結し駆動する諸〈欲望機械〉が、「私」を生産し続ける。拓かれた「私」。ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』から引用する。

一体私はこれで何を言おうとしたのか。私たちがもがき続けているこの観念の世界から、新しい世界が出現しなければならないということでないとすれば。しかしこの世界は、受胎しなければ出現しないのである。そして受胎するには欲望しなければならない。
だからドゥルーズは「哲学とは何か」を考えるにあたって、精神医であるガタリとの共同作業を選んだのではなかったか。哲学とはそもそも「私」という生産物の相のひとつであり、であればこそガタリという他者が必要だったのだろう。

+ + +

ニューヨリカン・ソウルの永遠のクラシック「It's Alright, I Feel It」と「Runaway」を聴きながらこのブログを書いているわけだけれど、ここにも〈私〉の呪縛を離れたオンガクがあって実にたまらない気持ちになる。Masters At Workというニューヨークの天才的なDJチームと、同じニューヨークで活躍しているプエルトリカンのミュージシャンたちとのコラボレーション。他者たちがよってたかって作ったこのオンガクには、これっぽっちも〈私〉なんていやしない!

ジョセリン・ブラウンとインディアの天上にまで届くようなソウルフルで美しい声、ロイ・エアーズのブリリアントなヴァイブ、ケニー・ドープとルイ・ヴェガの素晴らしいアレンジメント。レコードの内ジャケを見てみよう。ディーヴァふたりと彼女を取り巻く陽気なおじさんたち(ほんとはスゴイひとたちなんだけど)、誇らしげなMasters At Workのふたり。
どんなに暗い気持ちになっていても、このオンガクのハイアーパワーで生きていける。

ぼくが〈私〉過剰ロックに否定的だったりするのは、ぼく自身経験論者だからに違いない。ぼくには〈私〉なんて必要ない。ぼくは、いつも生まれ変われる。

 Runaway

Yes I'm gonna mess around
Cause that's the way I want to be
Gonna try to get it down
Before I let it get to me
Don't want your love
Don't need it
That's the way I see it

Oh runaway
You better not hesitate
Better hurry don't wait now
Runaway
Before you find it's too late
Cause you know how love slows you down

And if I should change my mind
If I should want to turn around
You know it won't be hard to find
Find another loving clown
It's best to think what of it
The change you will love it

Oh runaway
You better not hesitate
Better hurry don't wait now
Runaway
Before you find it's too late
Cause you know how love slows you down

No I'll never settle down
Cause I'm just not the settling kind
I got places all over town
I knew just what is on my mind
Just look for those who want it
I should know I've done it

Oh runaway
You better not hesitate
Better hurry don't wait now
Runaway
Before you find it's too late
Cause you know how love slows you down

You better run
You better run run run away
Better hurry don't wait
You better run
You better run little girl
Come on ...
ジル・ドゥルーズ フェリックス・ガタリ『アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症』アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症
ジル・ドゥルーズ フェリックス・ガタリ
Gilles Deleuze Felix Guattari
宇野邦一(訳)

文庫: 416ページ 15 x 10.6 x 2.2 cm
河出書房新社
2006-10-05
ISBN-10: 4309462812
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ジル・ドゥルーズ フェリックス・ガタリ『アンチ・オイディプス(下)資本主義と分裂症』アンチ・オイディプス(下)資本主義と分裂症

ジル・ドゥルーズ フェリックス・ガタリ
Gilles Deleuze Felix Guattari
宇野邦一(訳)

文庫: 416ページ 14.8 x 10.4 x 1.4 cm
河出書房新社
2006-10-05
ISBN-10: 4309462804
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ジル・ドゥルーズ フェリックス・ガタリ『哲学とは何か』哲学とは何か
ジル・ドゥルーズ フェリックス・ガタリ
Gilles Deleuze Felix Guattari
財津理(翻訳)

単行本: 318ページ 21.2 x 15 x 2.8 cm
河出書房新社
1997-10
ISBN-10: 4309241972
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Nuyorican Soul『Nuyorican Soul』Nuyorican Soul
Nuyorican Soul

Talkin Loud
2006-07-17

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2006年12月14日

宇宙開発の未来予想図。

Ariane 5(欧州)
Ariane 5(欧州)

前々回のエントリーに引き続いて宇宙開発の話。

OECDの報告書『スペース2030―宇宙利用の未来探査』は国際情勢の推移を3つのパターンに分け、それぞれについて今後30年間の宇宙開発を予測している。
宇宙開発のかたちは、経済状況と国際情勢によって異なる。軍による宇宙開発が先行するのか、商業ベースでの開発が先行するのか。まずOECDのアナリストたちは以下のようなシチュエーションを提示している。

1.順調な航海
国際機関の好意的な指導のもとで世界全体が秩序を保ち、自由市場と民主主義が、しだいに国家機関が容認する一般的なモデルとなる。

2.バック・トゥ・ザ・フューチャー
このシナリオでは、主に3つの経済大国が世界を支配している。米国、欧州、中国である。

3.荒れ模様
主要な大国間での根強い意見の相違は、徐々に国際機関を衰退させていくだろう。国際的な場面における内政干渉への厳しい批判の対応策として、米国はしだいに一方的な行動が増え、米国の重大な利益を脅かしているという名目では正当化されないすべての軍事活動から撤退する。
1は、グローバリゼーションが世界の唯一の規範として浸透した世界である。イニシアティヴをとるのは国際機関であり、徐々に国民国家が役割を終えつつある。しかし、テロはいまだに大きな安全保障上の脅威であり、同時に環境問題に対する関心が高まる。資源探査、海洋調査などの需要も大きい。

2は、アメリカ・欧州ブロックと中国・ロシアブロックが対立する世界。ふたたび世界は冷戦構造を形成し、NATOが強化される。地域大国化したインドやブラジルも、南アジアや南米で大きな影響力を持つ。環境問題への取り組みは低調で、異常気象による天災が多発する。

3は、アメリカが唯一の超大国であるが、新モンロー主義とも言えるような超保守主義に基づく消極的な外交によって、国際機関が機能不全状態にある世界。民族紛争、分離独立運動が世界各地で頻発し、テロも横行する。環境問題が悪化し、飢餓や天災、新たに出現する疫病が戦争以上に脅威となる。

Delta U(アメリカ)
Delta U(アメリカ)

実際にはどのシナリオをたどるのだろうか。1と2の中間が現実的な未来といえるだろうか。
おそらく、宇宙関連企業が軌道上および地上に民間宇宙基盤をさらに増加させようとするはずだ。米中関係が緊張し軍の発言力が増せば、この動きは牽制されるだろう。
ともあれ、今後30年間で以下の宇宙産業が採算ベースにのる可能性が高い。

1.通信教育:遠隔医療
2.電子商取引
3.娯楽
4.位置情報の消費者サービス
5.位置情報サービス:交通管理
6.土地利用:精密農業
7.土地利用:都市計画
8.土地利用:探査(石油など)
9.災害防止および管理
10.環境利用および気象学
11.条約・規格・政策などの実施の監視
12.宇宙観光・冒険旅行(準軌道および軌道)
13.軌道上サービス(衛星のハード補修やソフトのバージョンアップ、デブリの除去など)
14.電力リレー衛星(主にマイクロ波を使ったリレーション)
米中関係がそれほど悪化しないのであれば、ISSや民間主導で投入される実験衛星およびステーションで、微小重力下での新たな素材開発などが行われるだろう。

相変わらず月面開発や火星への有人探査などは、国家のモチベーションのための事業として行われる。少なくとも今後30年程度では、月面開発の採算が取れる目途はまったく立たない。月面のような他天体で恒久的な活動をするためには原子力以上のエネルギー源(アナリストの中には核融合発電を提案する者もいるが、さすがに荒唐無稽だ)が必要であるが、国際情勢が安定しなければ、これが大きなネックになるだろう。

ナノ・テクノロジーの進歩によって、奇想天外な構想にも実現の目途が立つかもしれない。たとえば軌道エレベータのような大規模輸送システムは意外に安価に建設出来る可能性がある(核融合発電システムの開発と月面での建設費よりも安価に、という程度の意味だけれども)。素材(ダイヤモンド以上の強度を要求される)の開発さえ目途が立てば、だ。

ガリレオ計画
ガリレオ計画

さらに、今後新たな衛星群による測位/通信網が再構築されるだろう。
たとえば、現在、欧州宇宙機関が進めているガリレオ計画は2008年から実用化される。その内容は欧州宇宙機関のリリースによるとこのようなものだ。

ガリレオ計画とは、欧州委員会の発案に基づき開始された欧州独自の衛星による無線航法(ナビゲーション)計画であり、通信、環境、農業、水産業等の分野における新世代のユニバーサルサービスの開発を確実にもたらすものである。同計画は、民用目的の衛星ナビゲーションにおけるグローバルスタンダードとなり、米国のシステムとの間には完全な相互運用性が確保される。
もう少し詳しく解説すると、以下のようになる(「現代中国ライブラリィ」より)

ガリレオはEU独自のGPSシステムである。2002年3月、バルセロナのEU首脳会議によって計画推進が合意されたが、その後の各国の意見対立などもあり、今年5月、欧州宇宙機関(ESA)加盟15国がガリレオ計画の始動で最終合意し達した。2006年から30基の人工衛星を順次打ち上げ、2008年には稼動を始める予定。30基の衛星は上空約2万4000キロを周回、1メートル以内の精度をもつとされる。軍事利用のため民用が制約されている米国のGPSの誤差36メートル以下よりも性能は上回る。
実はガリレオ計画には中国も参加している。日本はアメリカのGPSシステムに完全に依存しているために、ガリレオ計画に参加していない(というよりも無視している)。これは危険なことで、システムの詳細は省くが、おそらく今後、ガリレオ計画が測位システムのワールドスタンダードになっていくのではないかと思う。日本のシンクタンクの論文を検索してみても、ガリレオ計画に言及しているものは少ない。経済界はこの計画をもっと注目してよい。

ガリレオ計画では30基の衛星をMEO(中高度軌道)に配置することになっている。
かつてのイリジウム計画は77基をMEOに投入する予定だったし、テレデジック計画(ビル・ゲイツも関与した衛星によるインターネットサービス)はLEO(低高度軌道)に840基(その後MEOに288基に変更)配置する予定だったが、当然破綻した。

イリジウムやテレデジックとガリレオ計画の違いは、十分な採算性だろう。イリジウムやテレデジックは、ITバブルの熱狂の中で生み出された、マーケティングを無視した巨大プロジェクトだった。だからバブルの終息とともに計画も尻すぼみになってしまった。
だがすでにアメリカのGPSシステムを見ても分かるとおり、衛星による測位システムはすでに巨大な市場を形成しており、今後も拡大が予測される。しかもガリレオ計画は、単に測位システムというだけではなく、精密農業や資源探査も視野に含めた汎用性をウリにしている。採算性は大きく保障されているといえるだろう。

HU-A(日本)
HU-A(日本)

電脳化が進み通信の秘匿性が重要になってくると、これまでインターネットを介していた通信も、P2Pのために衛星を利用することも行われるようになるだろう。遠隔医療も、単に診断だけではなく手術の介助を衛星を介して行えるようになるはずだ。従来のネットではタイムラグが問題となるが、LEO衛星でリレーすればラグは縮小される。
さまざまな用途で、特にLEO/MEO衛星は必要とされることとなるだろう。ガリレオ計画以降もLEOおよびMEOに衛星群を投入する計画は逐次現れると思われる。

打ち上げロケットの信頼性が増すことで、計画から実際の配備運用まで、スピードも上がる。また、衛星の小型化や、アリアン、デルタ、プロトン、HU-Aなどのロケット打ち上げコスト低減が進み、衛星事業全体のコストが下がるはずだ。これまでさまざまな不確定性(ロケット打ち上げの失敗、景気の循環、国際情勢等々)と、ひとつひとつのプロジェクトの巨額さから経営が不安定になりがちだった。ということは軍の宇宙計画に経営を依存せざるをえなかったということだ。
宇宙産業が、真に民間産業に移行するのが、これからの30年だといえるだろう。

+ + +

ニュータイプの出現も、木星ヘリウム公社も、カリストの独立も、惑星間経営機構の成立もまだまだ遠い。けど、夢は見れるさ、十分に。

OECD編『スペース2030―宇宙利用の未来探査』スペース2030―宇宙利用の未来探査
OECD編
柴藤羊二・柴藤良子訳

220ページ
技術経済研究所
2006-08
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2006年12月13日

スペースシャトルについて。

スペースシャトル
スペースシャトル

ぼくが子どもの頃、大人になったら宇宙旅行は普通にできるようになっているだろうと思っていた。
ぼくが大人になる頃には、軌道上にドーナツ型の宇宙ステーションが出来ていて、スペースシャトルが観光客を乗せて毎日ステーションまで飛んでいて、もちろん月面基地は出来ているし、オニール型のスペースコロニーも具体的な計画が始まっていて火星には人類が降り立っている。そんな未来世界を想像していた。現実はとても追いついていないが。
何故だろう。いくつか理由はある。

第一に、米ソの冷戦構造が崩壊したこと。アメリカにとってもロシアにとっても、月以遠の深宇宙探査という「国威発揚の場」が必要なくなった。また、戦略核等の削減交渉が進み、SDIのような巨大軍事プロジェクトが破棄されたことが宇宙開発全体に与えた影響は大きい。

第二に、衛星技術に替わる地上代替技術の開発が進み、コストのかさむ宇宙開発に手を出す必要性が希薄になったこと。
たとえば、衛星によるコンテンツ配信事業は、アメリカでこそ順調なものの、光ケーブル網やCATV網が普及し、地上デジタル波放送も開始した日本では決して順調とは言えない。今後、世界中で日本と同じ状況が進むだろう。
1990年代後半のモトローラ社によるイリジウム計画も、インターネットバブルの崩壊に伴い21世紀早々に破綻した。地上の携帯電話網とネット網が全世界を覆いつつある現在、イリジウムは不要で非現実的な構想である。

第三に、重大事故の多発。
とくにスペースシャトル・コロンビアの破滅的な事故は、アメリカの宇宙開発だけでなくISS(国際宇宙ステーション)の建設にも重大な遅延をもたらしてしまった。日本のHU-Aロケットのたび重なる失敗も、宇宙産業市場(打ち上げ市場)への日本の参入を決定的に遅らせてしまった。

SRBロケットエンジン(固体燃料ロケットブースタ)
SRBロケットエンジン(固体燃料ロケットブースタ)

そう、スペースシャトル計画の根本的な失敗が、宇宙計画に重大な遅滞をもたらしたといえる。今となっては、スペースシャトル計画そのものが非現実的な輸送システムだったと評価せざるを得ない。NASA自体も、それをしぶしぶながら認めつつある。

1981年の初飛行時の目標は、7人の宇宙飛行士と30トンのペイロードを低軌道に運ぶための費用は5000万ドル以下、大事故の可能性は0.0001%以下、4機のシャトルを建造し年間のべ50回以上の飛行、というものだった。
実際の成果はどうか。シャトルは5機建造され、22年間でわずか120回の飛行、2度の大事故で14名の人名と2機のシャトル本体が失われ、1回の打ち上げに3億5000万ドルから4億5000万ドルが必要である。(ちなみにHU-Aですら一回あたりの打ち上げコストは100億円程度。)
NASAは2010年までにシャトルを全機退役させる予定で、後継機としてオリオンというアポロ−ソユーズ・タイプの輸送システムを採用することになっている。

打ち上げコストというのは宇宙開発にとって非常に重要なのだ。
当然ながら、景気の循環に宇宙開発も左右される。たとえば、1992年は全世界で93回の打ち上げが行われたが、2001年は59回でしかない。これはインターネットバブルの崩壊により、通信衛星の開発が先送りされたことが大きい。
また、衛星の耐久性が向上し(現在は一般的に、衛星寿命は15年と言われている)コストパフォーマンスが向上しつつある。したがって、いよいよ打ち上げ回数は減らざるを得ない。打ち上げ産業は現在も危機的な状況にある。

電子部品の小型化により、低軌道衛星から静止衛星程度であれば、高性能でしかも軽量な衛星が製造可能となった。つまり商業衛星の打ち上げについては、ロケットに巨大なペイロードを必要としていないということだ。プライオリティが高いのは、打ち上げの信頼性である。(打ち上げ機関だけではなく、衛星保険業界にとっても死活問題だ。)信頼性という観点では、欧州のアリアンやアメリカのアトラス、ロシアのプロトンのほうがシャトルよりもはるかに評価が上だ。

有人宇宙船としても、シャトル計画では14人もの人命が失われている。1960年代から設計思想も変わっておらず、なおかつ30年以上人命に関わる重大事故を起こしていないソユーズのほうが信頼性が高い。
シャトル計画は完全に時代遅れなのだ。問題は、NASAがどの時点でシャトル計画を見直すべきだったかということだ。1986年のチャレンジャー号爆発事故の時点で考慮しても良かったはずだ。

夜のシャトル
夜のシャトル

とはいえ、いまだにNASAはシャトル・タイプの輸送システムについて夢を捨てていないようだ。現在、米軍が開発中といわれる極超音速爆撃機(マッハ12〜15)が、今後再利用型ロケットの基盤技術を提供することになるだろう。が、再利用ロケットが実用化されるのは、OECDの宇宙産業に関する報告書『スペース2030』によれば、2040〜2050年代以降となると予測されている。
(ちなみにロシアも1980年代末に開発していた「ブラーン」という再利用型有人宇宙船計画を復活させようとしているようだが、ロシアの宇宙開発予算を考えると先行きは不透明だ。)

シャトル計画の根本的な見直しに伴い、ISS計画は縮小を余儀なくされ、日本の実験棟(「きぼう」という愛称まで決まっていた)の建設も無期限延期の状態だ。これで微小重力下での重要な実験のかずかずが事実上行えなくなった。(「きぼう」では宇宙農業や冶金、製薬技術について画期的な実験が行われるはずだった。)
というわけで、現在とくに低軌道・中軌道の宇宙開発は危機的状態にある。今後の宇宙開発・宇宙産業がどうなっていくのか整理してみたい。このネタは次回に続く。

OECD編『スペース2030―宇宙利用の未来探査』スペース2030―宇宙利用の未来探査
OECD編
柴藤羊二・柴藤良子訳

220ページ
技術経済研究所
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2006年11月30日

ハーフェズ・アル=アサドについて。

パルミラ遺跡(シリア)
パルミラ遺跡(シリア)

なにかと北朝鮮情勢が急を告げているわけだけれども、内戦状態になったイラクはもはや注目されることが少なくなってしまった。イラクはイラク戦争後わずか3年で世界の周縁に追いやられてしまった。周縁化されるということは不可視化されるということであり、〈帝国〉にとって不可視化されたエリアとは、放置するも蚕食するも思いのままな、まさに〈餌場〉である。

+ + +

イラクとシリア、26年ぶり国交回復…合意文書に調印

【カイロ=長谷川由紀】イラクのゼバリ外相は21日、1980年に断交したシリアとの国交を完全に正常化したと発表した。
ゼバリ外相が同日、イラク訪問中のムアッリム・シリア外相と合意文書に調印した。
調印後の共同記者会見で、ゼバリ外相は、「治安担当者による会合開催などで合意した」ことを明らかにした。隣国シリアとの関係正常化は、イラク国内の武装勢力への補給路と見られる対シリア国境の警備強化などを通し、治安情勢の改善につながることが期待されている。ムアッリム外相も「過去の非難にこだわらず、あらゆる分野で協力する」と約束した。
ブッシュ米政権内には、宗派抗争の激化でイラク情勢が泥沼化する中、シリアとの対話を含めたイラク政策見直しの機運が広がっている。シリアにはイラク政府への協力姿勢を示すことで、欧米諸国との関係改善につなげたい思惑もある。
イラク、シリア両国は、イラン・イラク戦争(1980―88年)でシリアがイランを支持したことなどから対立し、80年に断交していた。(2006年11月21日)
シリアとイラクが復交したとは、時代の流れではある。
もともとバアス党独裁の国家といえば、シリアとイラク以外なかったがシリア・バアス党とイラク・バアス党は長く不和であった。とくにイラン・イラク戦争の際、シリアがイランを支持したことにより決定的になった(シリアの故ハーフェズ・アル=アサド大統領とイラクのサッダーム・フセイン前大統領は個人的にも仲が良くなかった)。
イラク戦争後イラク・バアス党は追放され、世界でバアス党が政権を担っているのはシリア以外になくなってしまった(それも建前であって、実際にはシリアの権力中枢はアラウィ派が握っているわけだが)。

ぼくはシリアという国のことをよく知らなかった。というよりも知りえなかったというのが正しい。せいぜい知っていたことといえば、シリアはアメリカにテロ支援国家と名指しで非難されていて、イスラエルとはゴラン高原をめぐって紛争を起こしていて、地域軍事大国で、バアス党の一党独裁の国で、首都は古都ダマスカスで、アサドという独裁者がいる国。このくらいだった。
バアス党についてもよく知らなかった。イスラム教と社会主義が混じったような・・・、そんな漠然としたイメージだった。

+ + +

で、夏目高男の『シリア大統領アサドの中東外交』を読む。もともとイラク情勢を考えるための副読本という位置づけで読み始めたんだけど、これがかなり面白い。体裁は純粋に国際政治分析を行った論文集なんだけど、かなり詳細。ハーフェズ・アル=アサドという為政者の人物像をここまで包括的にかつ詳細に論じた本は、おそらくこれまで日本語で書かれたことはないだろう。筆者の夏目高男は現バーレーン大使で、アラブ情勢のプロフェッショナル。

筆者は故アサド大統領の政治・外交スタイルをこのように分析している。

1.一貫性の追求
2.知的、冷静、慎重、周到な準備と情勢の段階的な処理
3.和平に対する妨害要因としての重要性
4.外交目標の限定、目標に即した手段の採用
5.バランス感覚、国内、アラブ世界でのコンセンサス重視
6.心理作戦の多用
7.危機、限界を好機として捕捉
8.強硬な主張と現実的対応、硬軟・和戦両用、瀬戸際政策
9.テロ・脅しの多用
10.保守的な独裁者
11.政敵の執拗な除去
12.反対勢力の容認とその分裂・分断
13.名誉への固執
14.聞き上手、論理的主張、約束の履行
15、勤勉、家族的、陽気で、ジョーク好き
各項ごとに的確な分析がなされていて、とても興味深い。現在の北朝鮮情勢とも通ずるものが多々あるはずだ。
さらに20世紀末、中東の地域大国であった2国を治めた故アサド大統領とフセイン前大統領とを比較している。共通点とともに相違点もあるわけだが、そのなかで大きな違いのひとつとして「限界の認識」をあげている。

サッダームは限界を思い知らされ、政策決定がそれにより大きく歪められた。アサドは自分の限界を知っており、限界の中で行動したばかりか、限界を最大限活用した。アサドの野心はレバノンの征服やアラウィの支配の継続など限られた目標に限定されているのに対し、サッダームの野心は天井知らずで、イラクおよびアラブでの最大の英雄、できれば国際的指導者たらんと望んでいる。
とくにシリアは、イスラエル、イラクと対立しただけではなく、エジプトや他のアラブ諸国、アメリカ、PLO、ムスリム同胞団とも対立してきた。ほとんど周辺を敵に囲まれてきたわけだ。
故アサド大統領にとって、この状況における「自国(すなわちアサド自身)の限界」と「敵の限界」の見極めは自国の生き残りにとって死活のものだった。そのためのインテリジェンス・システムである。

昨今(とくに9・11とイラク戦争以後)、インテリジェント・システムの重要性が指摘されているけれども、それは「限界の認識」を得るためだ。アメリカはイラクにおいても対テロ戦においても、そこを理解し損ねている。シリアの「限界の認識」は、インテリジェンス・システムによってつねにフィードバックされ維持されてきた。アメリカのインテリジェント・システムは世界で最も高度で洗練されているが、それを使って「アメリカの限界」を積極的に提言しないし、そもそも分析しようとしない。

+ + +

2000年、ハーフェズ・アル=アサド大統領は心臓発作で死去し、その跡を次男であるバッシャール・アル=アサドが継いだ。バッシャールは元眼科医で温厚な性格であるという。周辺の官僚機構はハーフェズ時代と変っていないが、おそらく今後10〜20年でシリアも、エジプト同様の「普通な国家」へとゆるやかに変化していくだろう。そのとき、域内バランス(とくにイスラエル-パレスチナ-レバノン-シリア)がどう変わるか、注視しなくてはならないだろう。

バアス党の歴史から現代中東史を俯瞰するのも興味深いテーマなんだけれども、またいずれ。

夏目高男『シリア大統領アサドの中東外交1970‐2000』シリア大統領アサドの中東外交1970‐2000
夏目高男

単行本: 246ページ サイズ (cm): 21 x 15
明石書店
2003-04
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ラベル: 読書 中東 シリア
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2006年11月29日

泥団子と世界。

Walkin' Around
Walkin' Around

毎年いちどはひどい風邪をひいてしまう。子どもの頃は「扁桃腺肥大」って診断されていた。そのせいか大人になったいまでも、風邪にかかると40度近くまで熱が上がってしまう。咳もひどい。ま、おかげで痛みや熱に強い体質になってしまったけど。

というわけで今日は終日布団にもぐって安静にしていたわけだけど、しまいにはそれにも飽きてしまって、夕方あゆむさんを保育園まで迎えに行くことにした。

+ + +

あゆむさんはいつものように荷物を持って来たが、片手に何かを大事そうに持っている。よく見ると泥団子だ。そーっと廊下に置いて、リュックを背負い、靴を履いて、またそーっと両手に持って家に向かって歩き出した。ママに見せるんだって。

保育園からの帰り道に神社がある。あゆむさんはこの神社が大好きで、朝お参りするのが習慣だ。
この神社にはよくお供え物が置いてある。カップ酒だったり柿だったりミカンだったり。あゆむさんは泥団子を神社の神さまに見せようと思ったらしい。

お団子をそーっと置いて、両手で鈴を鳴らし手を合わせ、またお団子をそーっと持って歩き出したとたん、神さまの目の前で転んでしまった!
もちろん泥団子はつぶれてしまった。

+ + +

ここ半年でいちばんの大泣きだったんじゃないだろうか。しばらくあゆむさんは泣きやまなかった。
あゆむさんの泥団子は、いびつだったけどずいぶん硬くしっかりしていた。たぶん相当長い時間をかけて作ったのだろう。保育園では、先生に怒られないように自分のくつ箱に隠していた。

球というのは、もっとも単純で完成されたかたちだ。それはひとの掌にすっぽり包むことができる。このイデアルで無防備なものを、たぶんあゆむさんは無条件に育て愛したのだろう。愛しているものが失われるのは、4歳の子どもにとっても大きな悲しみだ。

あゆむさんはママやパパに無条件に愛されているのを知っている。同じように、泥団子に愛情を注ぐ。泥団子を通じて、この世界の喜びと悲しみと神秘を知るのだ。
 
ラベル:子ども イメージ
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2006年11月27日

モーティマー・アドラー 『天使とわれら』

押井守『イノセンス』
押井守 『イノセンス』(2004年)

モーティマー・アドラーの『天使とわれら』を読了。

定義・・・思考の対象としての天使は、純粋に霊的存在つまり非物体的な実体であり、肉体をもたない精神、すなわち自分自身のものである肉体と結びついていない精神である。

公理・・・非物体的な実体は、一つの可能な存在様態である。
――公理の解明――
前述の言明の自明的な真理は、「実体」と「非物体的」の組合せに自己矛盾はふくまれていない、ということに存する。自己矛盾的なものは不可能である。だが自己矛盾的でないものは可能である。天使が可能であるという表現は、現実にそれが存在するか否かにかかわりなく、天使が実際に存在しうるという意味である。

公準・・・可能なものという領域のなかに、多数の非物体的な実体、複数の天使がいることを自明の理として認めよう。
ということで、天使の可能性を前提として書かれた本書は、実際は天使についての本ではない。「非物体的な実体」という天使の諸相を分析することで、むしろ人間とは何かを掘りさげる。
たとえばアドラーは、「天使主義的虚偽」がデカルトをはじめあらゆる近代哲学に浸透している、と指摘する。

デカルトによると、人間の天使的知性は、生まれながらにして授けられている、明晰で判明な観念でもって、不可謬な仕方で機能し、それが所有する知識に、何の疑いもない仕方で確実性をもって到達する。デカルトが、彼の先駆者達が知っていると主張したことをすべて疑うというやり方を遂行したのは、こういった知識を発見するためだったのである。
天使的知識は、デカルトが到達しようと試みた確実性を有する。ではデカルトは、地球上のいったいどこにそのようなものを見つけることができたのだろうか。それは、数学においてだけである。なぜ数学だけなのか。なぜなら数学の対象は、認識すべき観念的対象――明晰で判明な対象だからである。
・・・云々。「デカルトは、正真正銘の天使主義的虚偽を、誤りをふくむ天使主義的虚偽と結び付けて誤謬を混合させてしまった」とまで書く。さらにバクーニンのアナーキズムやマルキシズムに含まれる天使主義的虚偽を暴く。

要するにアドラーは、アクィナスを引きながら、肉体を持った人間はそもそも天使的知性と隔絶しているとする。(存在するかどうか別として)人の魂と天使の如き存在様態も矛盾はしない。「アリストテレスによれば、実体的形相は、それがその可能性を現実化するところの質料のうちにある」。魂が肉体を離れると、魂もまた非活動になる(このあたり、最新のサイボーグ論ともリンクする)。しかしキリスト教には「復活」の教義がある。

復活に関する教義は、どんな種類の肉体を想定しているのか? 魂が地上で合一していたような肉体ではありえないことは言うまでもない。そのような肉体は、地上で色々と変化しているので、それは復活させられえない。また、完全に物質的な肉体は、生者たちの交わりが天軍と一緒になると信じられている天国において、存続することはできない。完全に物質的な肉体ではないとしたら、復活した肉体はどんな種類のものだろうか。神学的に答えると次のようになる。すなわち、神によって栄光を与えられた肉体である。キリストは、死、埋葬、そして天国に昇った後、弟子と短い期間をともに過ごすために地上にもどったが、そのときのキリストの肉体と同じ種類の肉体を指している。
ここで思い出すのは、映画(コミック版も)『Ghost in the Shell』で「人形使い」(自ら「情報の海で発生した生命体」という)が唯一直接その「すがた」を見せるシーンだ。それは天使の姿をしていた。同時にそれは「人形使い」が、ヒト(有機体としての生命)の持つ「不確定性」「ゆらぎ」を求めて融合するシーンでもあった。なんか象徴的だなあ。

ナノテクと生体工学、電脳技術が極限まで達した世界においては、「栄光化した肉体」とは完全義体化したサイボーグなのだろうか。アドラーがもし生きていたら、当然そこに天使主義的虚偽を見出すだろうけど、もはやリアルにおいては・・・

モーティマー・J. アドラー Mortimer J. Adler『天使とわれら』天使とわれら
モーティマー・J. アドラー Mortimer J. Adler
稲垣良典(訳)

文庫: 309ページ サイズ (cm): 15 x 11
講談社(講談社学術文庫)
1997-06
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2006年11月14日

転移と逆転移について。

雨の日。

告白しよう。
以前、ぼくは転移/逆転移の生まれる濃厚な〈場〉に好んで身をおいていた。好んで、だ。それはぼくが病んでいたことを、やっぱり意味するんだろう。そのような関係性において「治癒」などありえないではないか。

もちろんぼくは分析家や心理療法士ではないし、分析をきちんと系統立てて学んだこともない。しかし、転移/逆転移なんて「業界用語」のうわっつらを知っただけで、その魔力を直感的に知った。転移/逆転移の渦は実に魅力的だった。

いや、「魅力的」というのは正確ではないかもしれない。ぼくもその〈場〉では窒息しそうになる。ある種のナルシシズムが働いていたのかもしれない。まさにナルシスティックな謂いをするなら〈犠牲〉か。苦しいのだが、心の深いところで得体の知れない何かが感応する。しかも、逆転移として反応するところとも異なる場所が、だ。
恐ろしいことだ。本当に恐ろしいことだ。

松木邦裕によると、転移の定義は以下のとおりである。

転移とは、分析的な治療関係において、過去に起こった実際の体験そのままの反復・再現ではなく、それを体験していたその人物(子ども)の意識的無意識的空想と織り混ざりながら構築された対象群や自己(複数)から成っている内的世界全体の様相が、外界(すなわち治療関係)に表し出されることである。つまり、内的体験での不安や情緒にかぎらず、思考・心的機制・対象関係といったあらゆるコンステレーションが、多くのばあいはストーリー性をもって治療者とのあいだに表出され、再演されることである。
ハイマンによる逆転移の定義は以下のようである。

逆転移とは、分析的な治療関係において治療者のこころに湧き上がってくる感情や思考すべてを指している。しかし、この感情には、治療者の無意識の病的な転移から生じてきている逆転移(病的な逆転移)とクライエントからのコミュニケーションに連動している逆転移とがある。すなわち、後者のひとつは、治療者の健康で正常な反応として生じてきている感情(正常な逆転移)であり、もうひとつは、クライエントから治療者に投影/排出されてきたことで治療者が味わっている感情である。
「すべてが転移であり逆転移である」可能性を松木邦裕は指摘しているが、それは正しいように思える。
「すべて」とは何か。この世界のすべてだ。例えば恋愛相談をしている/されている男女が恋愛関係に陥る。これは、治療者-クライエントの関係ではないとはいえ、まさに転移/逆転移だろう。
例えば、友人A子からこんな体験を聞いたことがある。業界風に事例を書いてみようと思う。

A子(既婚・子どもあり)には、数歳年長のC子(未婚)という同僚がいる。A子はC子と既に数年同じ職場で働いている。A子から見てC子は仕事の要領があまりいいとは思えない。対人関係にも突発的な事態への対応もうまくない。生活障害の傾向があるかもしれない。物事の見方にも偏りが見られ、年長とは思えない幼さをA子はC子に対して感じている。
しかし一方では、C子のその要領の悪さを改善するためにA子はなにかと気を使っている。また関係を良好に保つために、自宅での夕食に誘ったり休日に一緒に遊んだりしている。

しかし、あることで上司がC子を注意した際、彼女は上司に「A子さんが自分の仕事を奪っている」というような訴えをした。C子はこのカミングアウトによって、むしろ「仕事を奪われている」感を強化したようだ。
A子はこれまで、C子の要領の悪さをフォローしていたつもりであったので、このC子の態度に動揺し、同時にC子に対して強烈な「生理的拒絶」を抱いた。現在は表面的には同僚として一緒に働いているが、A子のほうがC子との個人的な付き合いを忌避している。
この事例をどう解釈すれば良いか。ここにはどんな転移/逆転移が働いているか。
C子は現在、姉と同居している。両親はかなり遠方に住んでいるが時折彼女を訪ねてくるようで、そのとき一緒に美術館へ行ったり(普段、彼女はそういう行動をしない)、洋服を買ってもらったりしている。C子はそういう両親との関係を周囲によく話すのだが、聞く者は違和感を感じるようだ。

C子は母子分離ができていないらしい。とするとA子はC子の母親の代理であり、この状況はC子の「失敗した反抗期」の再現であるのかもしれない。C子はA子に対して転移している。
同時に、A子の「生理的拒絶」は逆転移であるだろう。ひょっとすると今後予期される現実の母子分離を先取りした感情の発露かもしれないし、別の原因も考えられる(それを検討するにはデータが足りないのだが)。

+ + +

何かしら得体の知れないもの/こと、何かしらおそろしいもの/ことについて考えるのが精神分析である。
常にそれは、事後に解釈される。得体の知れなさ、恐ろしさの最中の解釈はありえない。なぜなら解釈が得られれば、なんらそれは、おそろしくも得体が知れなくもないから。

したがって精神分析は神学に似ている。そこにある徴しは、原理的に、ずいぶん後になってからしか気づかれ得ない。同時に、転移/逆転移という現象は、人間が侵し侵される存在であることを示している。人間は機械である。機械の機械である。

+ + +

氏原寛と成田善弘による『転移/逆転移―臨床の現場から』は、精神分析医や心理療法士による転移/逆転移をテーマとした論文集。フロイト派とユング派双方から、臨床に即した転移/逆転移研究が成されている。それにしても、日本にはユンギアンが多いなあという印象。
また、転移/逆転移の重要性にそれほど着目していない(あるいは意識的に距離を置いている)臨床家もいて、とても興味深い。しかもそれが女性臨床家であるのはなにか象徴的でもある。

氏原寛・成田善弘(編) 『転移・逆転移―臨床の現場から』転移/逆転移―臨床の現場から
氏原寛・成田善弘(編)

単行本: 255ページ サイズ (cm): 21 x 15
人文書院
1997-02
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2006年10月30日

王の目について。

内モンゴル・白岔河流域の岩絵(黥目の人物像であるようにも見える)
内モンゴル・白岔河流域の岩絵(黥目の人物像であるようにも見える)

前回のエントリーに続いて「徳」の話。『国語』晋語(新釈漢文大系第67巻)にいわく、

異姓則異徳、異徳則異類。異類雖近、男女相及、以生民也。同姓則同徳、同徳則同心、同心則同志、同志雖遠、男女不相及、畏黷故也。黷則生怨、怨乱毓災、災毓滅姓。

異姓は則ち徳を異にす、徳を異にすれば則ち類を異にす、類を異にすれば近しと雖も、男女相及ぼすは、民を生ずるを以(もっ)てなり。同姓は則ち徳を同じくす、徳を同じくすれば則ち心を同じくす、心を同じくすれば則ち志を同じくす、志を同じくすれば遠しと雖も、男女相及ぼさざるは、黷さんことを畏るるが故なり。黷さば則ち怨みを生じ、怨み乱れれば災いを毓(いく)し、災い毓せば姓を滅ぼす。

異姓は徳を異にし、徳が異なれば類を異にし、類が異なれば近親でも、男女が結婚するのは、人民を繁殖できるからです。同姓は徳が同じであり、徳が同じだと心が同じであり、心が同じだと志が同じであり、志が同じだと疎遠の者でも、男女が結婚しないのは、相なれけがして、けじめが無くなるからです。けがせば怨恨が生じ、怨み乱れれば災禍が生育し、災禍が生育すれば姓を滅ぼします。
新釈漢文大系版『国語』を校注した大野峻は、「余説」にこう書いている。

同姓不婚の制度は、人類共通のおきてであり、ある程度霊長類にも行われているという。してみると、これは本能的なものであろう。中国で特にやかましいのは、むしろ高度の文化生活がこの外婚本能を破壊しがちであったからとも言えよう。
このあと斉の桓公や唐の玄宗、はてはクレオパトラの例まで出して近親婚の「不正」を指摘している。このあたりあまり科学的ではないし、そのノーテンキさにはがっくりきたりする。最も重要な点について考察が欠けているのはどうしたものか。ちょっと鈍感にすぎやしないか。

というのは、先日、小南一郎の『古代中国 天命と青銅器』に、徳についてこれまでぼくが考えていたようなことが、『国語』を引いて書いてあったからだ。さすがに中国学の泰斗、林巳奈夫に喧嘩を売った碩学だけあって(詳細は『古代中国 天命と青銅器』「あとがき」を参照)、切れ味の鋭いロジックを展開している。上述の『国語』を引用してこう書く。

このように徳について、それぞれの血族ごとに、おのおの異なる徳が継承されていると考えられていたのであれば、そうした血族間の徳の差異については、元来、倫理的な優劣などが想定されてはいなかったであろう。我が一族には同じ血が流れていると考えるのと同様な観念であって、おのおのの家系が、それぞれに特色ある徳を伝えているとされたのである。もし、そうした徳の間に優劣が想定されたとすれば、それは、それぞれの家が伝承する徳の盛んさの度合いの差異であっただろう。ある家が栄えるのは、その家が保持する徳の力が大きいからであり、衰えるのは、徳が力を失ったからなのだという、素朴な数量力学的な観念なのであった。そうした徳を、もう一段、抽象化して言うならば、徳とは、それぞれの家系の中で保持されている、生命力とでも言うべきものを指して言う言葉であったと推測される。
小南一郎によれば、〈徳〉は生命力を意味する言葉だという(『荘子』外篇を参照すること)。元来、王が立春の儀式などを通じて天より膨大な「生命力」をその身に受け、さらにそれを冊命などを通じてあまねく下賜する。王は世界に〈徳〉を分配する存在なのである。

「血族ごとの異なる〈徳〉」という観念は、西周期(あるいは殷商期、さらにそれ以前)の鼎や犠尊などを用いた青銅器儀礼と関係するのだが、興味がある方は上述書を読んで欲しい。
とにかく〈徳〉とは生命の原初的エネルギーであり、それをあまねく世界に拡大することが当時の政治思想の中核にあったことに留意しよう。これは前のエントリーで「徳」字についての『字統』からの引用に関連してくる。すなわち「徳の初形は省と極めて近く、省から展開している字とみられる」という箇所である。それでは「省」字について『字統』ではどう書かれているか。



形声 卜文・金文の字形は生に従い、声符は生。〔説文〕四上はテツ(山の一画目を突き通した字)に従うものとし、「視るなり。眉の省に従ひ、テツに従ふ」とする。〔段注〕に「テツは音徹、木初めて生ずるなり。財(わづ)かに見ゆるなり。眉に従ふ者は、未だ目に形(あら)はれざるなり。テツに従ふ者は、之を微に察するなり。凡そ省することは、必ず微に於てす。故に引伸して減省の字と為す」と説くが、卜文・金文の字形は上部を生の形に作り、おそらくはもと眉の上に加えた呪飾であろう。卜辞に王の巡省を卜して、「王省するに、往来災ひ亡きか」と卜するものがある。また武威を示して、その支配地を巡察することをイツ省(いっせい、イツは「橘」字のつくりにシンニョウ)といい、金文の〔大盂鼎〕に「我にオイ(アメカンムリに于)て其れ先王の受けられたまひし民と、受けられたまひし疆土とをイツ省せよ」、〔宜侯ソク毀〕「イ(ギョウニンベンに止と口)でて東國の圖(と・農耕地)を省す」のようにいう。外地に赴くとき、眉飾を加えてその呪力を示すことは、わが国の古代にも「など黥ける利目」といわれる黥目の俗があった。徳の古い字形も、目の上に呪飾を加えた字で、その初文は省と極めて近い字形である。そのように外に対して示される呪力が、本来はその内部にある力能のあらわれであるということから、省心・省悟の意となり、徳性への自覚となる。
云々とある。

「省」字が「徳」字より古く作られたのではないかとも思うけれど、判然としない。が、〈徳〉が西周期において征服の理念に容易に転化されたのはよくわかる。無秩序な夷狄戎蛮の地に天の秩序を分配する。これは農耕の理念の導入とも密接なかかわりを持つはずだ。(ミシェル・セールの『ヘルメス』シリーズなどとリンクさせて論じられないか、とも思うけれども。)

刑罰としての黥は、天の秩序を身体に刻みつける意味で行われたのではないか。目の形象の入墨は、この場合無秩序な罪人の身体内部を見つめる「天(あるいは王)の目」であり、〈徳〉を罪人の内部に導きいれ、〈徳〉の統べる世界に再編成するための「窓」である。
また王やその使者による巡察の際になされる眉飾や黥目は、併呑した国土を観察し〈徳〉を配分する「窓としての目」である。(なんだか『風の谷のナウシカ』コミック版に描かれている、土鬼(ドルク)皇兄ナムリスのヘルメットを連想させるなあ。)

おそらくこのような思想が大和朝廷形成期の日本にも紹介されたのでないか。『古事記』の大久米命は、西周期中国の1500年も後に出現した「王の目」なのかもしれない。それを導入したのはどのような人物であったのか、想像が広がっていくじゃないか。

小南一郎『古代中国 天命と青銅器』古代中国 天命と青銅器
小南一郎

単行本: 289ページ サイズ (cm): 19 x 13
学術選書シリーズ「諸文明の起源」第5巻
京都大学学術出版会
2006-08
ASIN: 4876988145
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大野峻『新釈漢文大系67・国語(下)』国語(下)
大野峻

単行本: 387ページ
新釈漢文大系 第67巻
明治書院
1978-10
ASIN: 4625570670
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『新訂 字統』白川静 新訂 字統
白川静

大型本: 1107ページ
平凡社
2004-12-16
ASIN: 4582128068
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2006年10月22日

入墨と徳について。

画像石に彫られた「お月様の中のひきがえる」
画像石に彫られた「お月様の中のひきがえる」(左の鳥は彗星をあらわしている)

先日のエントリーの続き。
『楚辞』を読んでいると、こんなおもしろい歌句を発見する。

夜光何徳 死則又育
厥利維何 而顧菟在腹

夜光何の徳ぞ、死すれば則ち又育(いく)す。
厥(そ)の利(り)維(こ)れ何ぞ、而して顧菟(こと)腹に在り。
『楚辞』はなんとも鬱屈した歌が多いんだけれども、この部分がとても好きだ。「新釈漢文大系」ではこんな訳がついている。

月には何の徳があるのか。死んではまた生まれる。何の宜(よ)い事があって、顧菟(うさぎ)は月の中にいるのだろう。
「顧菟在腹」の語釈におもしろいことが書いてある。

『五経正義』に「月中に兎有り、蟾蜍(せんじょ)有るは何ぞ。月の陰なり。」とある。蟾蜍はひきがえる。漢代の瓦当の文様に、この二者が同居している図がある。聞一多は顧菟を蛤・科斗であり、すなわち蟾蜍のことであると論証している(『天問釈天』)。
ハマグリとカエル、それにオタマジャクシの関係は中国神話に関する本を読んでもらえば良いけれども、「顧菟=ひきがえる」ってのは楽しい。ぼくとしては「月の中にはひきがえるがいる」説を採りたい。が、これは余談。問題は「夜光何徳 死則又育」のところ、何故「徳」字を用いているのか、ということだ。

「何徳」について新釈漢文大系はその語釈で、「何の霊徳があってのことか。」とあっさりすませている。しかし「月」という、神でもなく、且つあきらかに非人称である存在に、「徳」という字がどうもそぐわない気がする。そこでまた『字統』をひく。



会意 彳(てき)と省と心に従う。篆文の字形は悳に従い、悳声。〔説文〕二下に「升(のぼ)るなり」とあり、〔易、剥卦〕(釈文、菫遇本)に「君子、車に徳(のぼ)る」、〔礼記、曲礼、上〕「車に徳(のぼ)り、旌(はた)を結ぶ」などその例もあるが本義ではない。〔広雅、釈詁〕に「得なり」と同音をもって訓し、心に得るものを徳とする意と解する。徳の初形は省と極めて近く、省から展開している字とみられる。近出の金文〔徳方鼎〕の徳は心に従わず、彳と省の初形に従う。省は目の上に呪飾をつけて、省道すなわち除道を行うことを意味する字で、徳とは省道によって示された呪的な威力をいう。目は呪力のあるものとされ、それに呪飾を加えて厭勝(ようしょう、「まじない」のこと)とすることが、古くから行われており、わが国でも〔古事記、神武〕に久米の命が「黥(さ)ける利目(とめ)」をしていたことをしるしている。省、徳の字が目の上に加えているものは、その呪飾である。そのような威力が、呪飾による一時的なものでなく、その人に固有の内在的なものであることが自覚されるに及んで、それは徳となる。金文に敬徳・正徳・元徳・秉徳・明徳・懿徳・首徳・徳経・政徳・経徳など、その語彙は甚だ多く、徳の観念の発展が著しい。その字形はもと彳と省に従うもので、〔大盂鼎〕に及んではじめて心を加えた字形があらわれる。もと省道の呪力を意味するものが、次第に人の内面的な徳として自覚されてくる過程が、字形の展開の上にもあらわれているのである。(下線はDubWise)
これはちょっとした衝撃ではないか。このテキストで徳と黥がつながった! しかも例証として「黥ける利目」まで示してある!!

徳とは、そもそも「道徳」に関わる文字ではないというのだ。下線部に注目して欲しい。「呪」は観念的なものではなく、捉えどころのないがそこに在る、「エネルギー」とでも表現すればいいようなもの。これが「徳」の原義だというのだ。

たしかに『荘子』外篇などを読んでいると、こういう有名な一説があるですね。

泰初有無。無有無名。一之所起。有一而未形、物得以生、謂之徳。

泰初に無有り。有無ければ名無し。一の起る所なり。一有りて未だ形(あらは)れず、物得て以って生ずる、之を徳と謂ふ。
老荘的な思想が「徳」の原義が形成された時代に在ったかどうか、ぼくは疑問に思うけれども、「徳」という語の古い用法は受け継がれてきたのではないかと思う。

白川静先生は周王朝時代、とくに西周期の金文に拠って論を展開している。ずっと追っていると、徳の原義と黥目とは密接な関係があるのではないか、そんな仮説が成り立つ(大味ですいません)。

さらに続くデス・・・ ごめんなさい。

『新釈漢文大系34・楚辞』星川清孝新釈漢文大系34・楚辞
星川清孝

単行本: 362ページ
明治書院
1970-09
ASIN: 4625570344
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『新訂 字統』白川静 新訂 字統
白川静

大型本: 1107ページ
平凡社
2004-12-16
ASIN: 4582128068
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2006年10月21日

黥目について。

ずいぶん前に使っていたノートに岩波書店の「日本古典文学大系」のコピーを発見した。『古事記』(校注は倉野憲司と武田祐吉)中巻のある一節をマーキングしてある。神武天皇の弟分のような存在である大久米命が、神武天皇のために神の御子である比売多多良伊須気与理比売(ひめたたらいすけよりひめ、後の神武皇后)を見出す場面だ。

爾に大久米命、天皇の命(みこと)を以ちて、其の伊須気与理比売に詔(の)りし時、其の大久米命の黥(さ)ける利目(とめ)を見て、奇(あや)しと思ひて歌曰(うた)ひけらく、
 あめつつ 千鳥ましとと など黥(さ)ける利目(とめ)
とうたひき。爾に大久米命、答へて歌曰(うた)ひけらく、
 媛女(をとめ)に 直(ただ)に遇(あ)はむと 我が黥ける利目
とうたひき。
この二首について、たぶん2、3はエントリーが書けるな。「アメツツ」「チドリマシトト」の意味、二首の関係などたいへんおもしろい。だけれども、ここで注目したいのは「黥ける利目」の部分。註にはこうある。

黥くは目の周辺に入墨をすること。南方系の習俗と思われる。後には刑罰として強制的に入墨を施すようになった。利目は鋭い目の意。
さらにこれには補注がある。ちょっと煩雑だが引用してみる。

黥目については、履中紀元年四月の条に、「召安曇連浜子詔之曰、汝与仲皇子共謀逆、将傾国家。罪当于死。然垂大恩而免死料墨。即日黥之。因此時人曰安曇目。」とある。また、雄略紀十一年十月の条には「鳥官之禽、為菟田人狗所齧死。天皇瞋、黥面而為鳥養部。」とある。これも刑罰のようであるが、実は飼部(養部)即ち御料の鳥獣を飼う賎民を、良民と区別する為に黥を施していたのである。履中紀五年九月の条に、「天皇狩于淡路島。是日、河内飼部等従駕執轡。先是飼部之黥皆未差。時居鳥伊弉諾神、託祝日、不堪血シュウ(自のしたに死)矣。因以卜之。兆云、悪飼部等黥気。故自是後、頓絶以不黥飼部而止之。」と伝えている(シナにおける黥は、罪人の額に傷をつけて、これに墨を入れた)。
もちろん大久米命は罪人ではない。神武天皇と神武皇后をとりもった人物が賎しい身であるはずはない。罪人の顔に入墨をする習慣は後の世のことだ。

ところで注にある「南方系の習俗と思われる」というくだりは根拠のない説であるように思われる。まあ、オリエンタリズムの産物というか。というのは、あまり目の形、あるいは目の周りに入墨をするという習俗が、民俗資料に発見できないからだ。

縄文時代の土偶や土面には目を強調した造りのものもあるが、それが入墨かというとそうではなさそうだ。あるいは古墳時代の埴輪にも、顔面を朱で入墨した像があるが、目を造形したものは見たことがない。
むしろ、日本古来にあった顔面の入墨は、唇を中心にしたものであったと思われる。たとえば、かつてアイヌ民族の女性たちは唇を強調させるような入墨をしていたし、遮光器型土偶の丸い口の周囲を点刻しているものが多くある。これは入墨を意味しているという説が一般的だ。

アイヌの女性(明治10年代)
アイヌの女性(明治10年代)

「刑罰としての入墨」すなわち「黥」は中国起源ではないか。白川静先生の『字統』には「黥」字について、以下のような解説がある。



形声 声符は京(けい)。〔説文〕十上に「墨刑の面に在るなり」とあり、顔に刑罰として加える入墨をいう。文身は通過儀礼として、朱や墨で一時的に加えられることが多いが、それらは絵身(かいしん)という。刑罰としては辛(はり・針)で入墨するものは黥涅(げいでつ)といい、また手足などの皮膚を傷つけ、その傷痕を文飾とするものは瘢痕(ばんこん)という。入墨は最も普通の方法で、多くは目の周辺、鼻の上、額・頬などに施す。ヒタイ(桑に頁)の上にあるものをタク(さんずいに豕)鹿(たくろく)の刑という。文字の構造上、辛字形を含むもの、童・妾・ザイ(自のしたに死)・章などはみな入墨に関する字であるが、このうち童・妾は奴隷、ザイは刑罰、章は加入儀礼として行われる年齢的表章の意味のものである。〔晋令〕によると、奴婢の逃亡者には墨黥を両眼の後ろに加え、再逃亡者には両頬の上、三たび逃亡すれば目の下に黥した。みな長さ一寸五分、広さ五分とする定めであった。
『晋令』(は、正確には佚書。『晋令輯存』だね)に直接あたっていないので(というか、『晋令輯存』の対訳書はあるのか?)よくわからないけれども、「墨黥を両眼の後ろに加え」とはどういう意味だろうか。瞼の上に入墨をしたということか?
中国の尺貫法は日本のそれとあまりかわりない。1寸が3センチ強だ。一寸五分となると4.5センチほどとなる。人間の実際の目よりもひとまわり大きい目だと思われる。
だとすると「瞼の上に入墨をした」というのは成り立たないだろう。目の周囲に入墨をした、ということだろうか?

とにかく、すくなくとも『晋令』の書かれた春秋時代には、すでに黥は一刑罰形態となっていたようだ。目の形をした入墨の起源が中国にありそうだということはなんとなくはっきりしてきたかな。
でもさ、春秋時代すでに刑罰として行われた黥が、弥生時代の「神代」日本ではそうではない? この点が依然として疑問に残る。

と、ぼくのリサーチはここで止まっていて、先に進まないままノートもコピーも放置されていた。数年前のノートをひさしぶりに目を通してみて、ふいに思いついたことがあった。おっと、謎が解けるかも?

このお話は次回に続く。

『日本古典文学大系1・古事記』倉野憲司・武田祐吉 校注日本古典文学大系1・古事記
倉野憲司・武田祐吉 校注

463ページ
岩波書店
1958-06
ASIN: 400060001X
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『新訂 字統』白川静 新訂 字統
白川静

大型本: 1107ページ
平凡社
2004-12-16
ASIN: 4582128068
by G-Tools
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2006年10月14日

mixiなんて入るもんじゃない。

mixi

ライブドア亡き後(倒産したわけではないけど)、IT業界でなにかと話題なのはやっぱりmixiでございます。SNSの旗手として女性を中心に圧倒的な支持を得て、それに釣られた男性たちもユーザにしてしまった、登録会員数のべ570万人を数える日本最大のポータルサイトのひとつ。
ぼくはお誘いを受けているものの、登録はしていない。理由をそれぞれに伝えているものの、いまいち理解していただけないのは残念なことだ。

マザーズに昨年9月に上場して、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのmixiなんだけれども、最近いろいろと問題も発覚していたりする。この点、mixiユーザは気づいていても目をつぶっているひとが多い気がする(局所的な印象かもしれないが)。

先日2ちゃんねるを中心に起こった大規模な「祭り」は、Share(P2Pソフトの一種)から流出したワイセツ画像の主とその撮影者がmixi内で特定されてしまったというもの。本名、出身大学、現所在地、職業までばれてしまった。挙句のはてには、2ちゃんねるやmixi以外の掲示板群にも投稿されたり、アップローダを使って流出データの交換が無差別に行われたりとエスカレートしてしまった。

2ちゃんねるユーザがもともと抱いているmixiへの反感が、事件をエスカレートさせた面はあるが、mixi側の対応もまずかった。
事件に呼応して2ちゃんねるユーザが大量にmixiに入会、ネカマとして、もともとのmixi男性ユーザを大量に「釣る」という行為を行った。「安心感」をモットーにしていたmixiが急速に出会い系化していったわけだ。mixi側はフリーアカウントによる登録者を大量に削除したらしく、それもまた2ちゃんねらーの怒りを買った。現在も2ちゃんねらーの工作は続いているようだ。

この事件に限らず、mixiでは顕在化しないまでも問題は多かった。
アトピー患者を盗撮し差別的な発言を掲載したユーザもいたし、外部の出会い系サイトへの誘導を目的としたネカマ・ユーザもいた。ネットワークビジネスの温床との指摘もある。

運営側は「mixiについて」でこう書いている。

mixi では、健全で安心感のある居心地の良いコミュニティを醸成して行きたいという想いから、招待なしでの新規登録は、行えない仕組みになっております。
要するに、「友だちの友だちは、みな友だちだ」的な発想で作られたサイトがmixiだ。(よく考えたらまったく根拠なんてないけれども、)だから安心して利用できると考えるし、個を特定できる情報を抵抗なく公開する。
しかしよく考えて欲しい。mixiの「招待状」なんてネット上で売ることだって可能なのだ。mixiのシステムは構造上はネットに対して閉鎖的といえるが、500万人以上のユーザがいるネットワークがはたして閉鎖的でありうるのか。

そもそもインターネットは「匿名性」がその特徴だ。最初は3人だったコミュニティが1年経ったら数百万人のコミュニティに成長することはありうる。哲学的な性善説か性悪説かなんていう論争とは関係なく、匿名の大衆には性悪説で接するべきだ。これがネットの現実だ。

だから、ぼくに言わせれば、mixiのシステムに「安心」を感じるのは錯覚だし、ましてや「安心」と「安全」を取り違えるのは論外だ。mixiが成功したのは、ネットの急激な普及に伴って、リテラシーの低いユーザが増えた証拠のように思える。いまだに数百万のユーザを抱えるmixiは、ネット社会の未成熟さの証しに思える。
 
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2006年09月21日

分け前 牙一本だけ。

Drawing of Arthur Rimbaud by Paul Verlaine
Drawing of Arthur Rimbaud by Paul Verlaine

「郵船会社」支配人宛
       マルセイユ、1891年11月9日

 分け前 牙一本だけ。
 分け前 牙二本。
 分け前 牙三本。
 分け前 牙四本。
 分け前 牙二本。

支配人殿
貴殿との勘定に未払い分がないかおたずねします。私は今日、この船便を変更したいと思います。この便は名前すら知りませんが、ともかくアフィナールAphinarの便でお願いします。こうした船便はどれでも、どこにでもあります。それでも私は、手足が不自由な、不幸な人間であり、何も自分では見つけられないのです。街頭で出会う最初の犬に聞いてみても、そのとおりだと答えるでしょう。[le premier chien dans la rue vous dira cela.]
それゆえ、スエズまでのアフィナールの便の料金表をお送り下さい。私は全身不随の身です。したがって早い時刻に乗船したく思います。何時に船上へ運んでもらえばよいかお知らせください・・・
+ + +

エクトル・ザズーが1992年に発表した企画盤『Sahara Blue』。ランボー没後100年を記念して作られたアルバムで、たしかフランス文化省が後援していたのではなかったか。
最後の曲名は「Lettre au Directeur des Messageries Maritimes」で、アルチュール・ランボーが人生の最後に書いた手紙を元にしている。ビル・ラズウェルのビートにリシャール・ボーランジェの手紙の朗読、デヴィッド・シルヴィアンのテキストと声。

アルチュール・ランボーは20歳そこそこで詩を捨て、37歳で死ぬまでエチオピアで交易に従事した。ランボーがアフリカにいた頃、パリではヴェルレーヌらの紹介によって再び名声が増していたが、それを知ってもまったく無視した。

1891年、ランボーは骨肉腫を患いマルセイユへ帰る。足を切断したが時すでに遅く、妹のイザベルに看取られて死ぬ。死の間際に口述筆記させたのが引用した手紙だ。
朦朧とした意識のなかで、うわごとのようにつぶやいた言葉。「アフィナール」という地名は存在しない。イザベルが聞き間違ったのか。それとも、ランボーの心の中の幻の〈どこか〉か。

アデンのランボー(1885年?)
アデンのランボー(1885年?)

アフリカ時代の手紙類(母親や妹、あるいは雇い主などへ宛てたもの)をどう評価したらよいだろうか。
たとえば、先月発売された青土社版『ランボー全集』には「その他の書簡」として収載されている(かなりの分量だが、現存する手紙を全て網羅しているらしい)。
訳者は「ランボーの詩を味読する際に必要なランボーの人物像を、あくまで巨視的に考えるための参考として読むべき」との趣旨の説明を、わざわざ「あとがき」に記している。
というのは、アフリカ時代の手紙類に対する過剰な読解が、数年前日本では行われたことがあるからだ。『ランボー全集』の訳者たちは、このような読解を名指しで厳しく批判する。

みずからを〈詩人〉たらしめることを真剣に願う少年が書いた「文学書簡」については異論の余地がないとしても、文学との絶縁を決意し、それを行動で示し、後年自分の名声が首都の詩壇で高まっている噂を耳にしてもまったく関心を示さなかったランボーが書いた「その他の書簡」は、彼の詩の理解に役立つだろうか。詩を否定する人物の書いた手紙は、われわれが彼の詩を読むときのヒントになるだろうか――はっきり言おう、これらの書簡は詩を理解する直接の助けとはならない。ましてや、これらが『イリュミナシオン』に劣らぬ文学的価値を秘めており、ランボーは手紙という形で詩の営みを生涯継続したとする、数年前わが国に出現した説(鈴村和成『ランボー、砂漠を行く――アフリカ書簡の謎』岩波書店、2000年)は論外である。その種の説は、言説の質の相違を、そして書くことへの関わり方の違いを顧みない、まったく抽象的な空想である。
この批判はまったく正当なものなので、これ以上何もつけ加える必要はないだろう。だが・・・

ランボーはなぜアフリカに去ったのだろうか。
アフリカで何を見たのだろうか。
これは、ランボーの詩とは別に、考えることだ。ランボーの詩を読み取ること、味読すること、そのなかで自足していていいんだろうか。

voyant(見者)が、アフリカで何を見たのか、ぼくはそれを知りたい。

『ランボー全集』平井啓之・中地義和・湯浅博雄・川那部保明(訳)ランボー全集
平井啓之・中地義和・湯浅博雄・川那部保明(訳)

単行本:1221ページ
青土社
2006-08
ASIN: 4791791681
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『Sahara Blue』Hector ZazouSahara Blue
Hector Zazou

Made to Measure
1996-04
ASIN: B00000ARXD
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+ + +

ちなみに、ランボーとは関係ないけどエクトル・ザズーつながりで。
コルシカ島のポリフォニーを、ザズーがプロデュース&アレンジしたアルバム。電子音の繊細な織物の上に、ブルガリアとはまた違う感触のポリフォニーがのっかる。たいへん美しい。初めてFMで聴いたとき、正直鳥肌がたった。坂本龍一やジョン・ケイルも参加している。
秋の夜長、こんな音楽を聴きながら眠るのも素敵。

10年以上前、日曜正午に坂本龍一がDJしてたFM番組があって(番組名は失念)、そこでこのアルバムが紹介されたのだった。
細野晴臣がゲストで、「細野さんのオススメなアルバム」ということでの紹介。坂本本人は自分が録音に参加したこのアルバムを綺麗さっぱり忘れちゃってたようで、ずいぶん細野さんに突っ込まれていた。(ところがその数ヵ月後、某音楽誌に「坂本龍一のオススメなアルバム」という企画を発見。このアルバムの名前がありました。おいおい。)

『Les Nouvelles Polyphonies Corses』Nouvelles Polyphonies CorsesLes Nouvelles Polyphonies Corses
Nouvelles Polyphonies Corses

Mercury
2000-06-20
ASIN: B0000084DU
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発熱の夜に

杉の木だち

子どもの頃、ぼくは二段ベッドに寝ていた。妹は上に、ぼくは下に。窓の脇に二段ベッドがあったので、下で横になっていても窓越しに庭の木々が見えた。
窓からいちばんよく見えていたのは樫の木。秋になるとドングリをたくさん落とした。庭を手入れする人なんていなかったから、葉もドングリも落ち放題だった。

ぼくはベッドに入ると寝入るまで、このドングリの木と夜空を見ていた。月夜には、葉が風に揺れる様子がよく見えた。
葉がさわぐ音、枝が風を切る音、ドングリを落とす音。
ちょっとセンチメンタルな謂いになるけど、ぼくはこのドングリの木と友だちだった。ベッドに入るといつも、心の中で、ぼくはこの木に話しかけていた。

+ + +

たしか、小学2年生の頃の先生が「植物にも心があるんだよ」というようなお話をしてくれた。
ん? テレビに出ていたエピソードなんだっけ?
とにかく「殺人犯をサボテンが覚えていた」云々というお話が心に残っていたぼくは、きっとこのドングリの木にも魂があるし話もできるんじゃないかと信じていた(そして十数年後、工作舎の『植物の神秘生活』を買って何度も読み返したというのは余談)。
毎日毎日、ベッドから挨拶をして、その日あったことをドングリの木に話した。

小学3年の頃のことだ。インフルエンザだったか、とても高い熱が出て何日も寝込んだことがあった。昼も横になっていたから、夜は眠れない。みな寝静まった夜、ぼくは一人だった。

いつものようにぼくは、ドングリの木に話をしていた。それ以外やることがなかったから。
当然、「お話」といってもぼくの一方的な(しかも心の中だけの)おしゃべりに過ぎなかったけれど。
でもその日だけは違った。〈声〉が返ってきたのだ。

低くて重々しくて、でも澄んでいる男性の声だった。誰の声にも似ていない、いままで聞いたことがない声が、たしかにぼくの心の中に広がった。
あの日のドングリの木の姿。月夜に葉を広げ、青い月の光をいっぱい浴びている姿を、ぼくは思い出す。

ぼくは嬉しくて嬉しくて、夢中で話をした。あまり驚きはしかった。ずっとぼくはこの木に話しかけていたし、だから、いずれ話が出来るようになると「知っていた」からだ。とにかく応えてくれたことに喜びを感じた。

自分のこと、家族のこと、学校のこと、困ったこと、悲しいこと、楽しいことを話した。彼は静かに「そうか」「それはたいへんだね」「かなしいね」と応えてくれた。夢中だったから思わず声を出してしまうと、彼は「妹が起きちゃうぞ」と言った。
ドングリの木は、自分がどうしてここにいるのか(曰く、ぼくが生まれるずっと前に、おじいさんが苗を植えたんだそうだ)とか、フクロウの友だちのこととか、とても楽しそうに話してくれた。
ずいぶん長いこと話をしていたと思うけれども、いつのまにかぼくは眠ってしまった。ドングリの木の「おやすみ」という声をよくおぼえている。

翌日、目が覚めるとまっさきにドングリの木に挨拶をした。だけど返事をしてくれなかった。もう明るくなったからかなあ、と自分なりに理由を探して納得した。彼とお話ができるのは夜の魔法だ。
でも、次の夜も話はできなかった、その次の夜も。結局二度とドングリの木の声を聞くことはなかった。いくら話しかけても、彼が応えることはなかった。それでも、その後もしばらくの間、話しかけ続けていたと思う。
さすがに中学生になって、なんとなく納得したのだった。熱にうなされていたから、と結論づけて。余計な知恵がついたってことだろうかねえ。

+ + +

たしかに、いちばん合理的な説明は「熱にうなされて」ってことかもしれない。「解離」というのもありうる話だ。だけど、最近のぼくは少し違うことを考えている。

・・・ぼくはこの世界の、いつもは見えない「相」を見たのかもしれない。

ちなみに、ぼくはオカルトな話をしたいわけではありません。ぼくは普段からそういうものには批判的なスタンスをとっています。だからぼくは、この世と隣り合った「スピリチュアルな世界の説明」をしたいわけじゃない。そんなの、とてつもなくくだらない。

うまく言葉にできないなあ。
たとえば、氷を見たことがない人に氷を説明するにはどうしたらいいんだろうか。コップの中の水を見せて、この水の「別の相」が氷なんだよって説明するにはどうしたらいいのか。スピリチュアルにも説明できるだろうし(水の持つ固有の波動が、温度を低下させることによって月の波動と共鳴しはじめ、その引力によるエレメンタルなパワーが凝集効果を呈する云々)、もちろん純物理学的にも説明できるだろう(説明割愛)。

とにかく、要するに〈リアル〉ってのは、世界の「相」であって、複数存在しうると思うのです。
ぼくはあのとき、いつもとちがう〈リアル〉に触れたんじゃないだろうか。木々と話ができるような、「捨てたもんじゃない」世界もまた〈在る〉んじゃないだろうか。大真面目に、そう思うのです。

だって、ぼくが子どもの頃住んでいた家は、もともと曽祖父母の家のあった場所に建てられていて、たぶんあのドングリの木も曽祖父が植えたに違いないから。これを親戚に聞いて知ったのは、ずいぶん後になってからだ。

+ + +

長田弘は『人はかつて樹だった』という詩集のあとがきに、こう書いています。

日々にもっとも親しい存在は、とたずねられたら、毎日その下の道を歩く一本の欅の木、とこたえる。その樹はいつも変わらないすがた、かたちをしている。けれども、何一つ変わらないようでいて、その樹に近づくとき、自覚して、見あげると、一日一日、樹は、おどろくほどちがうすがた、かたちを、黙って生きているのだということに、ふっと息をのむことがある。
そしてこんな詩も。

  むかし、私たちは

 木は人のようにそこに立っていた。
 言葉もなくまっすぐ立っていた。
 立ちつくす人のように、
 森の木々のざわめきから
 遠く離れて、
 きれいなバターミルク色した空の下に、
 波立てて
 小石を蹴って
 暗い淵を残して
 曲がりながら流れてくる
 大きな川のほとりに、
 もうどこにも秋の鳥たちがいなくなった
 収穫のあとの季節のなかに、
 物語の家族のように、
 母のように一本の木は、
 父のようにもう一本の木は、
 子どものように小さな木は、
 どこかに未来を探しているように、
 遠くを見霽(みはる)かして、
 凛とした空気のなかに、
 みじろぎもせず立っていた。
 私たちはすっかり忘れているのだ。
 むかし、私たちは木だったのだ。


+ + +

不思議なことに、ぼくはあのドングリの木の名前をどうしても思いだせないでいる。ちゃんと教えてもらったのに。少し長くて、ギリシア神話に出てくる人のような名前。絶対に忘れないようにしようと、あのとき思ったのにな。

『人はかつて樹だった』長田弘人はかつて樹だった
長田弘

単行本: 90ページ
みすず書房
2006-07
ASIN: 4622072297
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ラベル: 長田弘
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2006年09月15日

ルワンダ

ルワンダの子どもたち

なぜルワンダであれほどのジェノサイドが起きたのか。
ひとくちにジェノサイドと言っても、スターリンによる「大粛清」、ナチスによるユダヤ人の「最終解決」、クメール・ルージュによる「カンボジア・ゼロ年」、それにユーゴ内戦やルワンダでは、その原因も経過も異なる。冷戦終結後、政治の手段としての「強制的難民化と流出・誘導」や「民族浄化」などが先鋭化し始めたが、いずれにせよ、ジェノサイドはその土壌、計画、実行、そしてジェノサイドの結果を分析しなくては理解が深まらない。

+ + +

ルワンダの場合、ザイール(現コンゴ民主共和国)、タンザニア、ウガンダ、ブルンジなどの周辺国の内政状況によって自国の状況も変化する。われわれには実感しにくいことだが、周辺国からの難民・ゲリラの流入、あるいは道路の封鎖などによってめまぐるしく情勢が変わる国が世界には多数ある。
結果、その変化する情勢に即応するためにも、これらの国々は強権的にならざるを得ない(しかもそれは反体制組織も継続的に存在させることになる)。この中央集権体制がジェノサイドの重要な土壌ともなった。

『ホテル・ルワンダ』のエントリーでも書いたけれども、ルワンダ国内にはフツとツチという大きな「民族」集団があった。国民の90%弱ほどがフツで、残りがツチである(その他、少数のトゥワがいる)。
ベルギー宗主の時代、ツチが支配層として優遇され高度な教育も受けることができた(第二次大戦前は、首長職と官職の9割をツチが占めていた)。ツチの優遇は欧米人の「ハム仮説」による。ツチは背が高いという外見的な特徴があり、北方(エチオピア周辺)から移住してきたとされた(ちなみにこの説は考古学的に証明されていない)。ツチ、フツ、トゥワの中で、ツチが外見において最も欧州人に似ている。したがって最も優秀なのだというのがハム仮説である。
この疑似科学に基づく民族区分の導入によって、フツは被支配層に追いやられた。ルワンダのジェノサイドは、民兵(インテラハムウェ)化したフツの貧困層が多くを実行したといわれる。

+ + +

1994年4月6日、ハビャリマナ大統領が暗殺され、それをきっかけにジェノサイドが始まるわけだが、その準備は以前からなされていた。
1990年にツチ主体のルワンダ愛国戦線(RPF)の侵攻が始まると、フツ至上主義者が「フツ・パワー」という集団を形成する。『ホテル・ルワンダ』には、派手で特徴的なシャツを着ている商人が出ているが、彼はフツ・パワーに所属している。
フツ・パワーは軍や政権中枢、政権与党「開発国民革命運動(MRND)」にも多く食い込んでいて、その指導者の多くはハビャリマナ大統領暗殺後の臨時政府のメンバーに指名された(暗殺事件はフツ至上主義者によるものではないかという説の根拠である)。

+ + +

RPFの侵攻が進むと、フツ・パワーの影響力も深まった。フツ・パワーは「ミルコリンヌ自由ラジオ(《千の丘》自由ラジオ)」や「ミルコリンヌ・テレビジョン」、フツ系新聞「カンデラ」などを傘下に置き、プロパガンダを行っていく。

とくに、フツ・パワーの大多数を占めたフツ貧困層が聴取したラジオの影響力は大きかった。ルワンダは、決して識字率が高いわけではなく、テレビすら持っていない人々も多かったから、ラジオは重要な扇動メディアとなった。とくに、地方へのプロパガンダの徹底にラジオの果たした影響は大きい。
(以前NHKのドキュメンタリーで当時のミルコリンヌ・ラジオの放送を聴いたが、言葉の意味はわからないが、なんとも言えぬ不快な声での放送だった。「ゴキブリをさがせ」という字幕が実に恐ろしかった。)

プロパガンダの要旨はこのようなものだ。

 1.フツならフツらしく行動せよ(ツチを殺せ)、行動できない者はフツではない(おまえもツチと同様殺されるだろう)。すなわち「アイデンティティーの絶対化」。
 2.ツチはフツの富や権力を盗もうとしている。すなわち「対立構図の絶対化」。
 3.したがってツチを殲滅しなくてはならない。すなわち「殺戮の正当化」。

その結果、饗場和彦によると、このようなジェノサイドが頻発することになった。

ルワンダのジェノサイドは量的に特筆されるが,殺害の質的な面でも衝撃が大きかった。ナタでずたずたに切られて殺されるので金を渡して銃で一思いに殺すように頼んだ,女性は強姦された後に殺された,幼児は岩にたたきつけられたり汚物槽に生きたまま落とされた,乳房や男性器を切り落とし部位ごとに整理して積み上げた,母親は助かりたかったら代わりに自分の子どもを殺すよう命じられた,妊娠後期の妻が夫の眼前で腹を割かれ,夫は「ほら,こいつを食え」と胎児を顔に押し付けられた―― といった行為が多発した。
この悲惨な状況下で、もっとも人道的に行動しなくてはならなかったはずのカトリック教会もジェノサイドに積極的に関与した。教会としてジェノサイドを正当化したわけではなかったが、大司教がMRNDの幹部であり教会組織そのものが国家体制に組み込まれ、権力中枢に近かった。教会に避難した人々を、無差別に機関銃や手榴弾で殺したのを黙認したり、積極的に容認した聖職者もいたとされる。フツのキリスト教徒の多くはジェノサイドに加わることが、教会の意思に沿うことと考えていたのだ。

+ + +

1994年7月、RPFがキガリを占領し政権を奪取すると、今度はPRFによるフツへの報復虐殺が始まってしまう。ここまで国際社会は、人道支援も含めて、ほとんどなんの対応も取れなかったが、ようやくUNHCRも活動を開始する。その最中、報復虐殺が始まったのだ。緒方貞子の回想を読むとその陰惨さがよくわかる。

ブタレ州、キブンゴ州やキガリ州の一部などの南部および南東部の地方では、状況はいっそう熾烈であった。(ロバート・)ガーソニーの調査チームは春から初夏にかけて、旧政府軍と民兵集団が追放された直後に起きた、新たな殺戮の驚異的な証拠を明らかにした。ブタレ州とキブンゴ州にはさびれた広大な地区があり、そこには最近もしくは以前に帰国したツチ系帰還民一万人が、槍と弓矢で武装していた。RPFの犠牲にならないように逃れようとする者がいるほかは、敵対勢力もないこの地区では、同様なRPFの殺戮行為が報告されていた。老若男女を問わず、子供や高齢者や病人も含む、大規模な無差別殺戮が行われているという報告がしきりに寄せられていた。とくに集会を装った大量殺戮は手当たりしだいで残虐を極めた。安全や食料配布の情報提供といった名目で、地元住民を家族ぐるみで集会に呼び出し、住民が集まったとたん、銃を乱射して皆殺しにするケースや、建物に閉じ込めて鍵をかけてから手榴弾を投げ込むといったことが横行していた。このほかにもRPFは家々を次から次へと襲い、逃げ隠れる住民を殺害してまわり、多数の遺体を処分した。ガーソニーのチームは、四月下旬と五月から七月にかけて毎月五〇〇〇人以上、ことによると一万人が殺されたのではないかと推定した。
UNHCRと緒方貞子はこの状況を公表することで苦境に立たされた。当然、ルワンダ新政府から非難され、PKO展開していた国連ルワンダ支援団(UNAMIR)からは虐殺の事実を明らかにできなかったことで面子をつぶされたと反発され、事務総長からは政治的解決を遅らせるつもりかと諭される事態となった。難民帰還も一時停止した。緒方貞子はこう回想している。

この一件からわれわれが学んだのはいささか苦い教訓であった。私は全力を尽くして慎重に協議したつもりであったが、国連のさまざまな部署や関係国政府から全面的な支持をとりつけるのがいかに難しいかを痛感した。
+ + +

1994年以降の大湖地域の混乱はルワンダを中心とした。隣国ブルンジもフツ/ツチの対立を軸に政情不安に陥ったし、ザイールはルワンダ難民の受け入れをきっかけに内戦を起こし、1997年にモブツ政権が倒れてしまう。
ルワンダのジェノサイドをきっかけに、大湖地域では多数の難民が、政治や外交の道具にされ、伝染病やゲリラの攻撃にさらされることになった。この経緯についても、いずれまとめたい。

『紛争と難民 緒方貞子の回想』緒方貞子紛争と難民 緒方貞子の回想
緒方貞子

単行本: 459ページ
集英社
2006-03
ASIN: 4087813290
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2006年08月14日

夏の日の蘇軾

吉川幸次郎先生の『宋詩概説』を読んでいる。ずいぶんひさしぶりの吉川先生の本だ。
一時期よく読んでいたものの、青木正児先生のすさまじい学殖に触れて離れてしまった。いま読み返してみると、肩の力を抜いて読めるし、だからといって味が薄いわけでもない。文体には噛み応えがあるし、学問をすることの楽しみが充溢している。こういう文章を時折読むのは大事なことだ。

「枯木怪石図」蘇軾
「枯木怪石図」蘇軾

+ + +

宋代に書かれた詩はとにかく数が多い。『全唐詩』は四万首強を収載しているが、現在北京大学で刊行中の『全宋詩』は数十万首を収めることになる思われる。
たしかに宋代の詩人たちは、官僚でもあった。詩作が官僚の必要条件であったといってもいい。だからといって単に詩人の数が多かった、というわけではないのだ。たとえば杜甫の千五百首、李白の千首と比べても、陸游九千二百首、楊万里三千首強、蘇軾二千四百首というのは多いではないか。

また詩の内容も唐詩と宋詩ではずいぶん違う。
唐詩の基調は「悲哀」である。オーバーなほどに嘆き悲しみ、それを題材とする。しかし、宋詩は悲哀に固執しない。南宋に時代が移ると、唐詩(とくに杜甫)に回帰する傾向は見られるが、北宋を代表する蘇軾も南宋を代表する陸游も、悲哀が人生に偏在していることを説く。これを吉川先生は「巨視の哲学」という。

具体的に「巨視の哲学」とはなにか。先生は蘇軾の五言古詩をひいてこう書く。

 我少即難多
 テン(*1)回一生中
 百年不易満
 寸寸彎強弓
 老矣復何言
 栄辱今両空
 泥ハン(*2)尚一路
 所向餘皆窮

 我れは少(わか)きより即ち難(なや)み多く
 一生の中(うち)にテン回す
 百年は満たすに易(やす)からず
 寸寸(すんすん)に強弓(ごうきゅう)を彎(ひ)く
 老いたり復(ま)た何をか言わん
 栄(は)えも辱しめも今は両(とも)に空(むな)し
 泥ハン(ねはん)は尚(な)お一路
 向う所 余(あと)は皆な窮す

「テン回」はうろうろ。人生百年は、満たしやすくない長い道程というのは、人生の長さをもっとも明瞭にいう言葉である。その長い時間を一寸一寸と強い弓をひくごとく生きているというのは、もっとも明瞭に抵抗の哲学である。泥ハンはネハン、死。それ以外は「向かう所」皆「窮」ふくろ小路であると、言葉をついでいうのは、弱気の語のごとくであるけれども、詩のあとの方には、ふたたび次のごとき言葉がある。

 離別何足道
 我生豈有終

 離別は何んぞ道(い)うに足らんや
 我が生の豈(あ)に終り有らんや

こんどの離別など問題にならない、離別はまだいくらもあろう。わが一生はまだ終りそうにないから。

 (*1:シンニョウに亶)
 (*1:サンズイに亘)
「行書李白仙詩巻」蘇軾
「行書李白仙詩巻」蘇軾

「巨視の哲学」は、「人生は長い」という感覚と結びついている。唐詩における悲哀は、短い人生における大きな不運を嘆くものだった。短い人生の中の不運だからこそ、その悲哀は正当化されるのだ。しかし蘇軾は人生は長いと言い切る。「我生豈有終」と。

吉川先生は、これを中国詩史の一大転換点だったと考える。単なる詩想の変化ではなく、思想の転換であった。蘇軾は左遷されても、投獄されても、泣き言を言わない。読者によっては冷たさを感じるかもしれないが、実はそうではなく、悲哀に没入することなく、あるいは悲哀を跳ね返し、運命にあがらうことそのものを詩と考えた。抵抗する主体のつぶやきが詩なのだ。

つぶやきであるから、題材は当然微小なものとなっていく。蘇軾の後輩にあたる黄庭堅などは、自身の飼った猫について、あるいは町をめぐるぼさぼさ頭の散髪屋のじいさんを題とする。唐の大詩人たちが決してとりあげなかった題材である。人間はそれと比較されない。人間はそれと比べて大きくもなく小さくもない。同じ程度のものとしてある。ここでも悲哀は必然的に抑制される。

+ + +

「人生は長い」。そう言い切ることは現代ではとても難しい。だってぼくも30代のなかばに近づきつつある。
しかし蘇軾はそんなことは関係なく、懸命に官職に励み、ときには東坡肉(トンポーロー。蘇軾は号を東坡居士といい、彼の酒食に関する伝説は多い)と酒を愉しんだにちがいないんだ。

こんな田舎で、夏の日に、吉川先生の本を読んでいると「先生、たしかに人生は長いですね」と肯いてみたくなるじゃないか。

4003315235宋詩概説
吉川幸次郎

体裁=文庫: 332ページ
岩波文庫(岩波書店)
2006-02
ASIN: 4003315235
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2006年08月06日

後悔について

夜のともちゃん

「絶対後悔しない○○」なんてタイトルの本、山のように出版されていますね。たとえばamazonで「後悔」というワードで検索すると以下のような本が引っかかってきます。

『絶対に後悔しない一戸建て選び』
『あう入れ歯あわない入れ歯ここが違う!―入れてから後悔しないために』
『後悔しない中学受験』
『後悔しないためのハッピーリタイア計画の作り方』
『間違いだらけの美容外科選び―後悔しない病院のかかり方』
『どう生きるか、自分の人生!―今日を後悔しない生き方』 などなど。

でもね。よく考えて欲しいんだけど、ぼくらはこうしたいと考え、その考えに基づいて行動するわけで、それを後悔するってのはなにかヘンじゃないだろうか。

たとえば、考えに考えた末、電力相場に投資をした人がいるとします。ところが今年は気象庁も予想していなかったひどい冷夏で、夏の電力相場は大暴落、大損をしてしまった。ああ、1ヶ月待って投資すれば1000万の損害は発生しなかったのに。

このひとは相場に投資をするときには、これが利殖として最善だったから投資したのです。にもかかわらず、後悔している。いま彼は「そのときそうしないこともできたはずだ」と信じているからです。

そう、後悔は「そのとき自由があった」と信じているからそう考えることもできるのです。しかもつねにそれは「そうしないこともできたはずだ」という信念に支えられています。その信念になにか論理的な裏づけがあるわけではありません。なんら論理的な支えがなく存在していることを哲学では「根源的である」といいます。つまり後悔という心理状態はヒトの根源に触れているわけです。

+ + +

ヒトは本当に自由なんでしょうか。
ぼくはいろんな自由論を読んできましたが、やはりいちばん適切な自由論は、存在論から力技で推量していく形而上学からではなく、「後悔」のような根源としてのヒトの心理の分析から演繹されるべきじゃないかと考えています。が、それはさておき・・・

+ + +

ぼくらが自身の自由を強く感じるのは、実は後悔においてでしかない。後悔においてその強度が(ネガティブなかたちで)最高点に達するのじゃないかなあ。

大自然の中で、たとえばサハラ砂漠の真中で、グランドキャニオンで、仁王立ちになって「オレは自由だ〜っ」と深く実感する。こんなイメージ、クソッタレな拝金音楽のPVにありがちですけど、それは何もすることがない自由(つまり不自由)であって、あらゆる選択肢が存在しそれを把握しそれを遂行しうる自由ではありません。

ま、後悔といってもいろいろで、たとえば日が経つにつれて忘れ去られて二度と心に浮かび上がってこない後悔もあれば、精神分析医とのセッションで顕在化してしまう激しい後悔もある。後悔ってのは、いまにおける過去の解釈で、そこに自由の「可能性」が生まれる(カッコでくくったのは、過去の可能性なんて信念でしかないから)。いま自由であるかどうか、いまぼくらには確かめようもない。

んん? いまぼくが自由かどうか確かめようがない??
そう、奇妙なことだけれどそうとしかいいようがない。もっと酷いことを書けば、ぼくらは後悔を通して自由を捏造しているのかもしれない。

+ + +

「そうしないこともできたはずだ」と後悔したとしても、それを修正することは不能であり、それは重々承知していながらも後悔はやむことがない。しかもよくよく考えてみたら、「そうしないこともできたはずだ」なんて仮定そのものが無効であるというのに。
後悔が現にあるということは、悲しみだけが純粋に存在することはできないということです。

だとしても、人間は後悔を捨てることはない。なぜなら、後悔を通して人間は、過去を解釈し未来を作ろうとするからです。老人になっても後悔と無縁ではいられないところを考えると、常に未来作りは失敗してしまうということでしょうか。すくなくとも、それが後悔の無意味さを証し立てているわけでもないように思います。後悔は未来を作る糧になる、これもまた信念です。
 
ラベル:後悔
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世界の終わりのふたり

世界の終わりのふたり

戦争や自然災害、種としての寿命が尽きかけ、人類は滅びに瀕している未来。
「他者」に蝕まれた主人公の男の子イクルは、じき自分が死ぬことを知っている。彼は「あい」という女の子と、海辺の大きな屋根の一軒家に住んでいる。

あいは「愛人(ai-ren)」。終末期の患者を精神的にケアするためにあてがわれる擬似配偶者。もともとは売春やテロの自爆要員として造られた「本来存在してはならない」人造遺伝子人間で、過去の記憶はインプリンティングされたケミカル人格で隠蔽されている。「愛人(ai-ren)」はその「用途」上長く生きることはできない。せいぜい数ヶ月の命だ。あくまでイクルのために生きるお人形さんのような存在だ。

だけど、イクルはあいを愛している。あいもイクルを愛している。この物語で描かれているのは、ふたりの、静かで、心が痛む生活。お互い死に直面しながら、一生懸命相手を思いやる生活は、とても美しい。

+ + +

このコミックを最初に読んだのはもう数年前のことだ。連載開始は1999年、終了が2002年だったと思う。掲載されていた「ヤングアニマル」(『ベルセルク』も連載されている)を、毎号ずっと読んでいたのを憶えている。

連載を楽しみにしていたわけじゃない。
とても「漫画向け」には思えない重いテーマと異様な緊迫感が気になって、目を離せなかったというのが正しい。作者が押しつぶされるんじゃないかと思っていた。
現に連載終了後、2年も経ってようやくコミックスの最終巻が発表されたのだ。作者の田中ユタカ氏は、最終巻の加筆や修正(重大な結末の変更)に相当悩んだらしい。(作者のHPに当時の日記のログがあるけれども、その緊張感もかなりなものだ。)

世界はひとごろしの夢でできている

世界が死にたえようと
あなたが死んでしまおうと
わたしが死んでしまおうと
そんなのたいしたことじゃない
そんなのたいしたことじゃない

憶えておきなさい
この宇宙が・・・世界が
あなたの存在など 望むことはないわ
これまでも これからも
絶対にない
たとえば、こういう台詞が随所に出てくる。この諦観は台詞だけのものじゃない。
まず、あいは「愛人(ai-ren)」としての寿命が尽きて、イクルを残して死んでしまう。そのシーンのせつなさ。

あいの死後イクルは、戦災孤児や病気の子どもたちを世話をする仕事をしながら暮らすが、病気の進行で腕を失い失明する。
一方、世界は「名前のない者たち」とよばれるテロリスト集団が撒き散らした人造ウイルス(「呪い」と名づけられている)によって、決定的に破滅への道を歩みはじめる。核兵器が炸裂し、難民同士が殺戮を始め、世界各地で紛争が起こり始める。イクルも最後は「呪い」のパニックによって引き起こされた戦闘で、無残に殺される。

雑誌連載時の結末でもイクルは戦闘で殺されるのだが、イクルの「他者」に蝕まれた遺体から「呪い」を無効化する物質が生まれるという一種のハッピーエンド(とてもやるせないが)だった。
しかし、その2年後発表されたコミックの最終巻ではこの結末は破棄される。「呪い」に蝕まれた人類にはなんの救いも用意されない。作者の覚悟がどれほどのものだったかわかる。

あい

いまカシュカシャンがECMで録音した『ラクリメ』を聴いている。表題作はベンジャミン・ブリテン、他の2曲はヒンデミットとペンデレツキの作品。お世辞にも明るい音楽ではないが、カシュカシャンのヴィオラは映像的で心を打つ。
考えてみると、ブリテンもヒンデミットもペンデレツキも、みな第二次世界大戦と深い関係を持つ作曲家だ。

こんな眠れない日に音楽を聴きながら読み直していると、この作品ほど「絶望」を描こうと努力した漫画ってないような気がする。もし比較できる作品があるとするなら高橋しんの『最終兵器彼女』だろうけれども、『愛人(ai-ren)』に比べたら『最終兵器彼女』のラストなんて甘くて読めたもんではない。

+ + +

コミック最終巻「#42ヨシズミ・イクル」には、イクルの死のイメージが描かれている。瓦礫の中に体半分が埋もれ、義手とサングラスが外れている。近くには彼が使っていたらしい車椅子の残骸。失明した目が薄く開かれ雨に打たれている。ずっと物語を追っていた読者にはとても残酷なシーン。

このエピソードは分量の半分以上がテキストのみという、漫画としては破格な構成だ。テキスト部分のほとんどはイクルの独白だが、そこで彼の見た最後の光景が唐突に挿入される。それは青空だ。

+ + +

イクルは、最後まで信仰だのオカルティックな妄想だのに逃げようとしない。そこがこの作品のすごいところじゃないか。『最終兵器彼女』さえ、わけのわからない、ノアの箱舟を連想させる超自然的な力で物語をまとめてしまった。おそらく読者にとっても、超自然的な力で目の前の悲惨を清算するほうが「分かりやすい」のだ。
たしかに『愛人(ai-ren)』も雑誌連載時のラストには、そういう「神秘の力」を導入して、イクルやあいの悲惨を清算させた。だが作者は、コミック化に際して超自然的な「神秘の力」の介入を否定する、より厳しい道を選択した。なぜだろうか?

それは「現実的」ではないからだ。
『愛人(ai-ren)』連載時期に911同時多発テロとアフガニスタン侵攻、連載終了後コミック化のために作者が加筆修正を行っていた時期にはイラク戦争がおきている。
そんななか、『愛人(ai-ren)』の世界に現実の世界がリンクをはじめていく「実感」が、作者にあったのではないか。それは「実感」であって、なにか理論や言説に裏づけされたものではない。自分の身の回りにたくさんある(はずの)ありふれた恋や幸福に接している、とほうもなくまがまがしいものに直接触れるような経験を、この作品を描くことを通じて作者がしてしまったのではないか。
ぼくはそう思う。

+ + +

イクルの死のエピソードのあと、物語最後のエピソードに続くわけだが、その間にあいの描いていた絵日記が挿入されている。
ぼくは、ほろっときてしまう。

イクル・・・

もしも あなたの 人生の結論が
痛くて 苦しくて 血だらけで
ひとりぼっちだったとしても
こわくはありません
だいじょうぶです。

あたしが かならず
ここで 待っています
どんなことになっても
あなたの愛人(アイレン)が
ここで待っています

「おかえりなさい」って 言います

だから
だいじょうぶです。
+ + +

あいは幽霊を(つまり「死後の世界」や「来世」を)信じていたが、イクルは信じていなかった。信じたかったができなかった、というのが正しいだろう。
イクルとあいを最後まで見守ったハルカという重要な登場人物が最終章の語り手となる。彼女も来世を信じてはいないが、空想する。海辺の大きな屋根の一軒家にイクルが帰る様子、あいがイクルを笑顔で迎える様子、ふたりが幸せに暮らす様子。

イクルとあいがそこに行き着いたかどうかわからない。
だけど、この結末は、素直に好きだ。

『愛人 -AI・REN-』田中ユタカ愛人 -AI・REN-
田中ユタカ

体裁=コミック
白泉社
1999-11
ASIN: 459213351X
by G-Tools


『愛人 -AI・REN- (2)』田中ユタカ愛人 -AI・REN- (2)
田中ユタカ

体裁=コミック
白泉社
2000-08
ASIN: 4592133528
by G-Tools


『愛人 -AI・REN- (3)』田中ユタカ愛人 -AI・REN- (3)
田中ユタカ

体裁=コミック
白泉社
2001-06
ASIN: 4592133536
by G-Tools


『愛人 -AI・REN- (4)』田中ユタカ愛人 -AI・REN- (4)
田中ユタカ

体裁=コミック
白泉社
2001-12
ASIN: 4592133544
by G-Tools


『愛人 -AI・REN- (5)』田中ユタカ愛人 -AI・REN- (5)
田中ユタカ

体裁=コミック
白泉社
2004-09-29
ASIN: 4592133552
by G-Tools


『Benjamin Britten:Lachrymae』Kim KashkashianBenjamin Britten:Lachrymae
Kim Kashkashian

ECM

2000-4-18
ASIN: B000025HI7
by G-Tools

  
posted by Dr.DubWise at 04:20| Comment(2) | TrackBack(0) | cahier | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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