2007年01月28日

丹青活手妙通神

若冲は大岡春卜に師事したとされる。最初、春教とも号した。春卜は大阪で活躍した狩野派の絵師で、『画巧潜覧』『画本手鑑』『和漢名画苑』などの図譜を享保年間前後に出版している。が、現在残る若冲の作品に狩野派の痕跡を探すのは難しい。春卜と会ったことはあるだろうが手ほどきを受けたというよりは、おそらく版本による構図の勉強をしたという程度のことではなかろうか。「師事」というよりは「私淑」に近い関係だったと思われる。

むしろ若冲が影響を受けたのは、相国寺の大典顕常であった。若冲という号も大典が与えた。『老子』の「大盈は沖しきが若きも其の用は窮らず」に拠っている。「真に充溢しているものは、内は空虚に見えようが、その働きが尽きることはない」という意。「充溢」とは「働きそのもの」であるという古い中国の教えは、儒教的な倫理観が支配的だった当時、非常にアヴァンギャルドな思想であったと思われる。
若冲は写生をよくしながら写実だけにものめりこまず、自身の幻想を描きこんだ。たとえば、こんな鶏、現実にはいやしない。

伊藤若冲「紫陽花双鶏図」
伊藤若冲「紫陽花双鶏図」

ああ、この絵。ほんとうに素晴らしい絵だ。まさに生命の躍動。
九州国立博物館の『プライスコレクション・若冲と江戸絵画』では、入ると同時にこの絵がまっさきに目につくようにかけられている。しかも展示されているのは真っ赤な壁紙の貼られたショウケース。毎度ながら国立博物館の憎い演出には頭が下がる。

他の軸よりも高くかけられているので、お客さんは見上げるような形でこの絵に対することになる。軸の下方に二羽の鶏がいて、すさまじい形相で争っている。この緊張感あふれる一瞬に、ぼくらはもっとも良いポジションで接することが出来る。
子どもがこの絵を見上げながら、鶏冠の部分が小さな赤い点々で描かれているのを発見して驚いていた。そう、この絵には何度観ても驚きがある。また同時に畏敬の念も湧き上がってくる。

伊藤若冲「紫陽花双鶏図」部分
伊藤若冲「紫陽花双鶏図」部分

この二羽の鶏の目つき。こんな目を鶏は生理的にすることが出来ない。にもかかわらず、写生に明け暮れた若冲はそれを知っているにもかかわらず、あくまで擬人的に表現する。そこに在る「闘争」という〈働きの充溢〉をこのように表現したのだ。
よく見ると鶏の羽はずいぶんデフォルメされている。首の周りの「松毬のような」(@国立博物館のコメント)飾り羽は現実の鶏には存在しない。しかし若冲はあえて書き加えた。しかも念を入れた描き込みようで。そうだ、この羽の描写の素晴らしさはどうだろう。どのようにして若冲はこんな技巧に達しえたのか。透明感すら感じられる輝く羽。自然はこんなにも美しい。

若冲は鶏をよく描いた。庭先に鶏を放ち、よく観察し、写生した。彼の描いた鶏の絵は、自然の働きを写したものであると同時に彼の幻想を写したものである。鶏に仮託しながら、彼の〈綺想〉は花開いていった。

当時の上方には、世界に類を見ない一種の〈綺想主義(concettismo)〉が流行していた。若冲をはじめ蕭白や芦雪もこの流行のもとで創作活動を行っていたわけだが、上方の〈綺想主義〉の実体はまだ十分に解明できているとは思えない(というよりも、そういう視点での日本美術についてまとまった研究成果があるのか、ぼくは知らない。少なくとも辻惟雄先生もそこまで踏み込んではいない。是非、高山宏先生あたりに筆のすさびにでも書いてほしい)。
ぼく個人としては〈綺想〉の定義を、「写実と幻想の混濁した表現形式」としてみたいのだけれども、そのもっとも優れた表現が若冲の鶏の絵ではないかとひそかに考えている。

伊藤若冲「紫陽花双鶏図」部分
伊藤若冲「紫陽花双鶏図」部分

この紫陽花の表現を見よ。
これまで筋目描で描いてきた紫陽花を、絹本に岩絵具で描く際も筋目描風に描いてしまう。写実と幻想はここで入り乱れてしまう。画面の中心には思いっきり写実的でマンガチックで精密に描かれた二羽の鶏、その背景にはなんとも抽象的で微笑ましい造り物めいた花と幹。まさに〈綺想〉の表現だと思う。

当時の上方には、博物学的な趣味嗜好を持った畸人(好事家)たちが多くいた。中国から流れ込んでくる本草学の諸知識(李時珍の『本草綱目』に代表される)は、彼ら畸人たちの蒐集癖に拍車をかけた。文人や画家たちはそういった畸人たちと交わりながら、心の中に幻想を膨らませていったに違いない。

伊藤若冲「旭日雄鶏図」
伊藤若冲「旭日雄鶏図」

朝日に向かって「ときの声」をあげる雄鶏の勇姿。まっすぐと前を見据え、片足を軽く上げ、尾羽は軽やかに踊るよう。朝日のまわりには薄く霞がかかっているようで、朝の静けさがよく伝わってくる。

「丹青活手妙通神(丹青活手の妙、神に通ず)」。
佐賀に生まれ、上方で煎茶道を広めた高遊外売茶翁が若冲に送ったことばだ。ここでいう「神」はもちろん道荘的な意味でとらえなくてはならないだろう。この絵もまた、自然と若冲の心の内の〈働き〉(すなわち「神」)を写したものなのだ。

『プライスコレクション・若冲と江戸絵画』@九州国立博物館
 
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2007年01月22日

『プライスコレクション・若冲と江戸絵画』@九州国立博物館

九州国立博物館で行われている『プライスコレクション・若冲と江戸絵画』を観る。すでに2回目。この調子だとあと2、3回行ってしまうかもしれない。
とにかくぼくがずっと憧れてきた画家、伊藤若冲のこれほどまとまった展覧会をぼくは初めて経験するわけで、ボク的にはかなりやばい。ヤベェよ。かつ若冲の代表作「鳥獣花木図屏風」と「紫陽花双鶏図」が展観されるとなると、もはや感涙するほかないのです。
というわけで、ぼくなりの若冲に関するノートやら直感的な感想やらを数回に分けてエントリーしていきたい。

伊藤若冲「鳥獣花木図屏風」右隻
伊藤若冲「鳥獣花木図屏風」右隻

伊藤若冲「鳥獣花木図屏風」左隻
伊藤若冲「鳥獣花木図屏風」左隻

まずは「鳥獣花木図屏風」から。
今回の展覧会でも目玉だったこの途方もない大作の前には、今日はずいぶん長い行列が出来ていたので残念ながらじっくり観ることができなかった。まあ、そうだろう。日本画の常識を完全に無視した驚異的な作品なわけで、しかも分かりやすい。誰が観てもこの屏風の前に立つと楽しくなる。難しいことは抜きにして、この楽園の様子に笑みがこぼれないはずはないと思う。

まずこの絵は「桝目描」と呼ばれるモザイク画に似た独特な技法で描かれている。ちなみに桝目描で描かれた作品はこれまで3点しか見つかっておらず、それらはすべて若冲(あるいは若冲の工房)の手によるものだと思われる。

約1cm感覚で引かれた桝目に、色を塗り絵のように乗せていく。一隻につき4万以上の桝目があるらしい。一双で8万から9万の桝目があることになる。どれだけ時間がかかったのだろう。同色であっても濃淡を変えることで立体感を出している。そのせいもあってか、決して平坦にも単調にも感じられない(素晴らしい構図と色彩のバランス感覚にも因るのだろうけれども)。

伊藤若冲「鳥獣花木図屏風」部分

それにしても、なぜ伊藤若冲はこんな奇抜な技法を編み出したのだろうか。
若冲は上方の裕福な青物問屋に生まれた。彼がおそらくいつも触れていた西陣織の「正絵」(方眼による図案の設計図)にヒントを得たのではないかといわれる。たしかに、若冲の遠縁には西陣織に関わっていたものがいるらしいが確かなことはわからない。
ちなみに屏風の縁裂にみえる部分も、印度更紗に似せた図案で桝目描によって描かれている。芸が細かいぜ、若冲さん。

あゆむさんがこの絵を観ていて発見したことがある。それは「スタンプがない」こと。つまり落款が押されていないということだ。なおかつ署名もない。そのためこの絵が若冲の真作ではないという説もある。このあたり、学会内でのドタバタ劇はこの際どうでもよいが、ぼく個人として言うなら、こんなに金と時間のかかる偽作を誰もやるはずがなかろうと思う。

伊藤若冲「鳥獣花木図屏風」部分

右隻は白象を、左隻は鳳凰を中心にさまざまな動物や鳥たちが描かれている。鶏やインコ、オウム、七面鳥、鶴や孔雀、ライオン、バク、アシカ、ヤマアラシ、オランウータンにラクダ。みな仲良く共存する世界。白象の背中に注目しよう。敷物が敷かれている。普賢菩薩があそこに座るのかもしれない。あるいは羅漢たちか。とにかくこの屏風には仏教化された畜生道が表されている。トラとウサギが仲良く共存できる仮想世界だ。

ここには日本にはいない動物や鳥たちがたくさん描かれている。デフォルメされていたり、なんだかよくわかんない形をしていたり。ともちゃんが「なんで見たことがない動物たちを描けたの?」と不思議がっていたが、当時の上方には中国経由で世界の情報がいろいろと伝えられていた。また木村兼葭堂のような「知のセンター」もいた。若冲は、自身の創作活動の中核となる「綺想」のヒントを常に得られる立場にあった。特に兼葭堂との関わりは重要だ。このあたりの事情は、ちょいちょいまとめていきたい

それにしても、この絵の空の美しさ。空の群青は、藍銅鉱による顔料なのだろうか、ラピスラズリだろうか。素晴らしく澄んだ青空。こんな空を描いた画家をぼくは若冲以外知らない。この群青にどれだけ若冲はお金をかけたのだろう。この絵を発注したのはどこの誰なのだろう。おそらくどこかのお寺が発注したのだろうが、この屏風を最初に観たお坊さんはどんな顔をしたのだろう。きっとずいぶん驚いたんだろうなあ。

この屏風は少し離れてみるのもいい。二隻一双を全体で観ることができるポイントでじっくり眺めること。これを描いた画家の心を覗いてみるような気持ちで観ること。絵を描くことが楽しくて仕方がないひとが二百数十年前にいて、こんなに楽しくなる絵を遺してくれた。いまさら「美しい国」を作ろうと躍起になっている(?)あんまり学がない総理大臣もいるけれども、そんなに気負わなくても、ぼくらが生まれる前からこんなに綺麗な絵があるじゃないか。感謝しようぜ。
とにかくこの絵を観るだけでも、国博まで足を運んでも損はない気がします。

伊藤若冲「鳥獣花木図屏風」部分

『プライスコレクション・若冲と江戸絵画』@九州国立博物館
 

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2006年10月09日

中国のモナ・リザ

福岡アジア美術館で開催されている「現代中国の美術展」を観に行く。
中国現代美術をこれだけの密度で見ることもなかなかないかも。ただ、ここに出展されているのは中国第10回全国美術展(ようするに「官展」)の受賞作品ばかりなので、その点はちょっと気にとめておかなくてはならない。

実際、取り上げられているモチーフは、農民、労働者、ロケット(神舟5号)、軍人や軍服・兵器、SARSと看護士たちなど。それに驚くべきリアリズム。ものすごい技術に裏打ちされた、ある意味、中国雑技団的な作品の数々。

つまり、これはあくまで国家内部の芸術だということ。
中国にもたとえば蔡国強のようなアーティストはいる。彼はすでに国家を俯瞰した創作を行っていて、そういう人たちだけが西側(この単語がまだ有効かわからないけれども)で紹介されている。メディアってのはそういうもんだ。だからこそ、こういう国家内部の芸術を紹介するイベントがおもしろいわけだ。

なぜ中国公認芸術ってこれほどスーパーリアリズムが称揚されているのか。その辺を分析するのもおもしろいかもしれない。
たとえば、蔡国強の中国での評価はどんなもんなんだろう。彼の「爆破」インスタレーションは、スーパーリアリズムとどこかで通底しているように思える。これって気のせいだろうか。
スーパーリアリズムは、彼ら(官展芸術家)の明かされない内面でどのように機能し、隠されたどんなメッセージを発しているのか。

とか、考えてみていると、実に元ネタのわかりやすい絵がある。たとえばヒエロニムス・ボシュの『快楽の園』、ピカソの『海岸を走る女たち』のような素朴な人体造形、ミュシャのアールヌーボーな装飾、ボッティチェルリの『春』のような画面構成などなど。官展芸術家たちは、なぜこんなにわかりやすく元ネタを仕込んだんだろうか。

ま、この絵を観よう。よく観よう。
実に素晴らしい絵だ。スーパーリアリズムの極致。髪の一本一本まで超絶技巧で細密に描かれている。白い皮膚の下にうっすら浮かび上がった静脈。

冷軍『モナ・リザ−微笑のデザイン』
冷軍『モナ・リザ−微笑のデザイン』

PS:伝統的な技法と現代的な構図で描かれた中国画の数々も素敵。10月29日まで福岡アジア美術館で開かれています。
 
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2006年10月01日

「・・/・・/・・ク」って、どう読むでしょうか?

風船と布の三角錐で出来た服。

『ひびのこづえexhibition「・・/・・/・・ク」(つづく)』がIMSで展観されているので行ってみたですヨ。

今回は「服がつなげていく状況」をテーマに“出会い”や“交流”から生まれた作品を約30点展示。草木をイメージした高さ9mの巨大なドレスをはじめ、昨年の「愛・地球博」で発表された、パフォーマンス衣装などを展示。また、NHK教育番組「からだであそぼ」のために制作した衣装でセットの一部を再現。イムズプラザが、“出会い”から触発された新しいクリエイションの世界に。新しい世界で何かを感じてみては…? (IMS WEB SQUAREより)
同名のエキシビションは東京・青山でも行われているけれども、内容はかなり違うようだ。IMSでは、プラスチックのボーンで作られた作品が多いけれども、青山でのエキシビションでは布素材の作品が多く出品されているみたい。
NHK教育の「にほんごであそぼ」のコニちゃんや子どもたちの衣装が好きなぼくとしては、青山での出品作のほうが興味あるんだけどな。IMSでのこのイベントは10月15日まで。

+ + +

ともちゃん曰く「造形アートってよくわかんない(たぶん、現代アートってわかんない、という意味?)」そうだけれども、まあ、あんまり深く考える必要はないとぼくは思う。
ぼくらの世界には「ハイアート」(つまり巨匠や天才による芸術)は存在しない。あくまで「大衆社会の中に存在を許された」作品しかありえないわけで、ってことは現代アートってのは「プロダクト」以上ではないってわけだ。これから先、もういくら待ってもゴッホは生まれないだろう。

アートなんて、「かっこいい」とか「おもしろい」とか「ヘン」とか、そういう基準で楽しんでいい。なぜ「かっこいい」のか、「おもしろい」のか、「ヘン」なのか。その「かっこよさ」や「おもしろさ」や「ヘンさ」が、この社会でどのように機能するのか。そういうモヤモヤを考えてみることがアートの面白さであるし、その解明(というか「こじつけ」)が美術批評家たちの役割だというわけだ。

そういう意味でひびのこづえの作品は、正しくアートだ。彼女のサイトを見ても、公式の肩書きは「コスチューム・アーティスト」である。

ひびのこづえ WEBSITE

衣装もこれだけ巨大化すると壮観。  作品の一部。  実際に使用された舞台衣装など。
 
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2006年07月17日

新世紀中華ガンダム

最近のぼくの娯楽は、YouTubeを見て回ることだけれども、やっぱりパロディってのは、すごくおもしろいので次々にリンクをたどってみたくなります。
で、最近の収穫を御報告しましょう。これが元ネタ。

綾波レイですね。

『新世紀エヴァンゲリオン』のオープニングがネタです。全世界の奇人変人どもアーティストたちが寄ってたかってパロディにしております。
YouTubeはその性格上、アップされてる諸作品は「神の声」で消されてしまう可能性が高いので、お早めに御賞味ください。

+ + +

新世紀エヴァンゲリオン(これは本物)
安心して見れますね。ぼくはアスカが好きでした。

新世紀魔法少女リリカル
この『魔法少女リリカル』ってアニメを見たことがないんだけれども、これはこれでよくできている。
ところでぼくは、決してロリコンじゃないです。

新学期アヴェマリアン
『マリア様がみてる』というアニメのパロディらしい。萌え系のキャラクターがおたく心をくすぐる(のではないでしょうか)。造形センスやら編集センスやらは、ずば抜けている。
それにしても「人類姉妹化計画」って・・・

ナデゲリオン(機動戦艦ナデシコ)
このあたりから少しずれてきます。
『機動戦艦ナデシコ』はそこそこ名作だったらしい。ぼくはほとんど見ていないけど。とにかくおたく度が高い作品であることは間違いない。

新世紀ミスター味っ子
完全に脱線転覆事故。
味皇がすごいですねえ。すっかり主役じゃねえかよ。

新世紀キムチゲリオン
壊れてます。やる気のないタイトル。
作者は金正日と金正男、それに漫画の『ドラえもん』が好きで、清原に裏切られたと思っているらしい。間違いない。

新世紀マイクロソフト
まったく意味が分からない。あなたのPCはOSが不調ってことなんですか?
作者は中国のなかの人らしい。

新世紀少林寺
すさまじい。もうなにがなんだか、綺麗さっぱり原形をとどめていない。さすが大陸のセンスは違う。

新世紀中華ガンダム
勘弁してくれ。こんなの笑ってしか見れないだろ。ひどすぎる。
中国のなかの人々が変な声で歌いまくる。イントロからヤバイ。ギレン総帥が酷い。

+ + +

以下関連作品。

先行者エヴァンゲリオン
中華人民共和国が誇る新鋭ロボット「先行者」。日本の安全保障上、脅威であることを確信した。背筋が凍ったぞ。

エヴァンゲリオン・ビバップ
一時期『カウボーイ・ビバップ』というクールなアニメにはまっておりましたが。ビバップのオープニングにエヴァンゲリオンを足して2で割ったもの。音楽は菅野よう子&シートベルツの「Tank!」。これはクールだ。
カウボーイ・ビバップのOPオリジナル
もどうぞ。
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2006年07月05日

ブーシェの「オダリスク」

絵画はよい風俗のものであることが必要である。ブッシェはそのことに思い到ることもなく、常に淫蕩であり、決して心を捉えることはない。グルーズは常に誠実であり、彼の絵のまわりには人が群がっている。ブッシェには敢えて次のように言いたいと思う。きみが十八歳の盛りの若者だけを相手にしているのなら、きみのやり方は正しい。尻や乳房を画きつづけたまえ。しかし、廉潔の士やわたしが相手であるというならば、サロン展の光の当たる場所に展示しても無駄なことだ。われわれはきみのところを素通りして、暗い片隅に、ル・プランスの描くあの魅力的なロシア人と、その傍らに立つあの若く正直でつつましやかで清純な代母を探しに行くことだろう。間違ってもらってはこまる、きみの描くあらゆる淫らな人物像よりも、むしろこの像の方が、わたしに朝から罪を犯させることであろう。きみがどこでこういう像を仕込もうとするのかは知らない。しかし多少とも健康を大切に思うならば、とてもそこに立ち止まるわけにはいかない。
L accordee de Village:Jean-Baptiste Greuze
”L'accordee de Village” Jean-Baptiste Greuze

The Russian Cradle:Jean-Baptiste Le Prince
”The Russian Cradle” Jean-Baptiste Le Prince

Girl Resting:Francois Boucher
”Girl Resting” Francois Boucher

ディドロの『絵画について』をぼちぼち読んでいる。ずいぶんブーシェには手厳しい。だけどグルーズはまだしも、ル・プランスなんてもはや忘れ去られた画家だろう。

実はぼくはブーシェのファンだったりする。小学校の美術館見学でブーシェの『ポンパドゥール侯爵夫人』をはじめて間近で見て以来。美術館に生まれてはじめて行ったときのことだ。とても大きな絵で、タッチはやわらかく、優しい光に満ちていた。心にいまでも焼きついている。

ブーシェにはいわゆる「オダリスク」といわれる絵画がある。情事の前か後か、しどけなくソファーにうつぶせになっている娼婦を描いた絵だ。同じようなポーズの絵が何枚かあるが、どの絵もぼくは好きだったりする。足を開きうつぶせの娼婦は、なんともはしたない格好なのだが、ディドロがいうほど淫蕩ではない(あくまで現代の感覚だろうが)。
首、背中、お尻にかけての肉づき。ブーシェは決して描き飽きなかったんだろうな。

The Marquise de Pompadour:Francois Boucher
”The Marquise de Pompadour” Francois Boucher

ディドロの、「存在の連鎖」論や「模倣arts」の概念(ラクー=ラバルトの「模倣mimesis」論に続いていく)は、いま読んでいても楽しい。

『ディドロ 絵画について』佐々木健一・訳ディドロ 絵画について
佐々木健一・訳

体裁=文庫: 279 p ; サイズ(cm): 15 x 11
岩波文庫(岩波書店)
2005-12
ISBN: 4003362470
by G-Tools
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2006年06月11日

繁二郎先生

NHKの日曜美術館で坂本繁二郎の特集をやっていた。久留米の石橋美術館で展覧会をやっているそうだ。久留米は坂本繁二郎の出身地である。

ぼくは以前古本屋で働いていたことがある。そこはいわゆる「紙物」を全般に扱う古書店だったので、和本から掛け軸、古地図に絵葉書、第一次資料の類から浮世絵や錦絵のような版画類、作家の原稿まで、とにかく紙に関するものならなんでも扱っていた。

ぼくはそこで数年間働いていたが、坂本繁二郎を扱ったことも何度か扱った。ぼくがよく覚えているのは「阿蘇五景」という木版画だった。

阿蘇五景 阿蘇五景

ぼくの働いていたデスクは、店の奥で日も差さない薄暗い場所にあった。古い本に囲まれて、とくに和書の虫除けのためにそこらじゅうに置いてあった樟脳の匂いのせいで、若い人は決して入ろうとしなかった場所で、ぼくはこの5枚の木版画と出会った。

すぐにぼくはよく見ようと思って、それを店の裏庭に持ち出した。ほんとはそんなことをしてはいけない。長く日の光にあてると退色してしまう。だけど、とくに「繁二郎先生」の版画は色彩が素晴らしい。淡く、厳しい色。社長の目を盗んで、裏庭の大きな柿の木の下で見た。

草千里にたたずむ馬。「馬」は繁二郎先生のいつものテーマだけど、この馬はずいぶん優しそうだ。実際はもっと透明なグリーンで、清澄だ。霞の中にのぞく中岳は、山の端が厳しい。静まり返った空気。同じグリーンでもぜんぜん印象が違う。

少し時間をかけて眺めていた。日がそろそろ傾きかけていて、柿の葉がざわざわなっていた。裏の家から隠居した先代が出てきていた。ぼくはまったく気づいていなかった。突然声をかけられたときにはびっくりしてしまった。

「・・・繁二郎先生のかね。」

先代の話では、繁二郎先生はこの店にも何度か来たことがあるのだそうだった。そのとき何を買って帰られたんだろう。先代は覚えていなかった。

+ + +

青木繁と同世代の作家だというと驚く人もいる。青木繁は早逝したけど、坂本繁二郎はずいぶん長く絵を描かれていた。八女でひとりで。ぼくの好きな画家のひとりです。

坂本繁二郎(1882年 - 1969年) 坂本繁二郎(1882年 - 1969年)
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2006年05月28日

「うるまちゅら島・琉球」@九州国立博物館

「うるまちゅら島・琉球」@九州国立博物館

朝から雨降り。だけど「曇りのち晴れ」という天気予報を信じて太宰府へ。目的地は九州国立博物館の展覧会「うるまちゅら島・琉球」。「うるま」は沖縄島、「ちゅら島」は美しい島の意味らしくてかなり期待しながらみんなで行ってみた。

たまたまこの日は、太宰府天満宮の骨董市でかなりの人出。でもなかなか雨が降りやまず、じっくり骨董市を眺めることも出来ない。あゆむさんは傘を持っているのでいつにもまして危険。なにか壊しはしないかどきどきしながらテントを渡り歩く。

初期伊万里の素晴らしい蕎麦猪口を発見するが、なんと5客で22万円。ちょっといいなあと思う幕末の印判手すら1客8000円ほど。これはさすがに手が出ない。
明治・大正期の和ガラスは特有の乳白色と紅色や青色のコントラストが綺麗だけど、これも高い。
なんでも値が上がってしまっているけど、まだ買えるなと思えるのは戦前の大量生産もののグラス類。探せば1客1000円台で見つかる。デザイン的になかなか素敵なものが。ちょっとくすんだり変色しているのも味ってやつか。
戦前の真鍮製のステーショナリー(トレイやインク置きなど)も値段安くてデザインが綺麗なものがある。

ともちゃんは磁器の浮き玉(模様の綺麗な中空の磁器の玉で、水の中にいれるとぷかぷか浮かぶ)が気になっていた。玄関に水槽を置いてこれをぷかぷか浮かべておきたいのだそうな。

雨降りの門前町  雨の天満宮  あゆむさんも交渉して玩具をゲット

+ + +

骨董市をほどほど見てから国博へ。やっぱり人出は多いですね。しかし今回も素晴らしい展覧会ではありました。
まず、色彩の洪水に驚嘆。紅色・オレンジ色・空色・黄色・紺色・緑色・黒色・金色・銀色・・・ 空色なんて、あんな色は同時代の日本には存在しなかった色だろう。

とにかく服飾工芸の素晴らしさに心を打たれる。ともちゃんに絣(かすり)と紅型(びんがた)の説明をしながら、ぼくは食い入るように見入ってしまった。絹だけでなく、綿や芭蕉、それに苧麻(ちょま)。芭蕉の服はまるで絹のような光沢を持っていて上品。苧麻の服はそっけないけどなんとも涼しげで洗練されている。

紅型衣装 空色地 紅型衣装 空色地

それに漆工芸の精巧さ。螺鈿、沈金、堆錦はものすごく緻密で見ててほれぼれする。とくに黒地に映える(たぶんヤコウガイの)透明な銀色は、眺めていると涼しくなってくる。首里城の王族たちは、たぶん螺鈿を見ながら暑さをしのいだのだろう。

もともと琉球は独立した王国だった。江戸時代までは、日本から見たら琉球は「異国」であった。
中継貿易で栄えた商業国家であり、海に囲まれていたために、領土拡張の野心も持たなかった。世界史的に見ても、琉球というのはきわめて特殊な国家だったといえる。

琉球の支配者であった尚氏には、柵封関係にあった中国は当然ながら、影響の深かった日本の文化にもまた深い造詣が必要だった。工芸や絵画、言語文化など、あらゆる分野にこの二つの文化圏の影響が感じられる。しかし、どんなものにも沖縄の空の色、海の色、花や土の色が染み込んでいるようで、すがすがしい。(もっとも17世紀以降の琉球の歴史は、苦難の連続なのだけれども。)

中山花木図 中山花木図

中継貿易を行って利益を上げる「商社」としての王家の側面と同時に、ノロらシャーマンに特許を与え、地方豪族である按司らを束ねる大封建領主としての王家との二面性があった。王にわかりやすい聖性が見られないのが天皇家と違うところ。文物を見てても、とてもモダンですっきりしてるんだよね。このあたりの詳しい分析(琉球王と聖性の問題系)がどこまでなされているのかよく知らないけど、なかなか興味深い問題であるように思う。

+ + +

結局、ぼくはいつも歴史を見るうえで重要なのは、階級分析だの権力分析だのではなく、ことごとく「交通」の問題じゃないかと思ったりする。経済(交易)だけではない。戦争が起きれば難民が生まれる。これも交通の問題系だ。文化の交流・浸透・混淆。これも交通の問題系だ。

「境界」はあっても、日本にも琉球にも、つい150年前までは「国境」という概念が明確には意識されることはなかった。何雙か展示されていた那覇港図屏風には広い海と行きかう船が描かれている。少なくとも琉球は、常に開かれていた。「どこにでも行ける」という自由さがあったのではないか。これはとても大切なことだと思う。

琉球進貢船図屏風 琉球進貢船図屏風

出口近くには迫力あるシーサーが。現代作家の21世紀に入ってからの作品だった。いつにもまして心憎い演出じゃないか。
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